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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

朝日新聞のオピニオン面は読む価値があると思う。

批評・評論  政治  自己を更新してく 

朝日新聞のオピニオン面は読む価値があると思う。

取材の切り口や取り扱うテーマが多岐に渡り(少なくとも読売新聞よりは)、知見を開かせてくれると思うからだ。


同じ、編集をなりわいにする人間として、このテーマと切り口の設定、人選と構図のダイナミックさは業界随一だろう。

しかし、朝日新聞の中にいる人間でも、その事実に気づいてない人間がいる。
あの国家的(国際社会的)欺瞞と、封建組織的報道機関としての会社の悪弊からくるトラウマとアレルギーによるものだ。駄目な新聞でも、いい部分はあるものだ。

1/29のオピニオンでは、高橋源一郎の論壇時評で、太田光サンデージャポンで発した「イスラム国人質事件」について、「時には黙ることも必要ではないか」という提言を取り上げていた。仏の人類学者エマニュエル・トッドが「ムハンマドやイエスを愚弄し続ける『シャルリー・エブド』のあり方は、不信の時代では、有効ではないと思う。私は感情に流されて、理性を失いたくない。今、フランスで発言すれば、『テロリストにくみする』と受けとめられ、袋だたきに会うだろう。」と言い、まさに”独りぼっちの気分”であると発言する。

森達也も見解を示している。
対テロの姿勢は正しい。でもスローガンには違和感がある。
各国の首脳たちは、デモの最前列を歩いてたい訳ではなかった。通りを封鎖した一角で腕を組んでいた。後ろには市民でなく、SPや政府関係者。
それじゃあメディアは嘘を伝えたんだろうか。そうではない。記事や映像で僕らが勝手に思い込んだだけだ。でも同時に思う。「これがメディアが伝える”事実”の本質なのだと。」