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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『奔馬(豊穣の海・第二巻/三島由紀夫)』

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三島の文章の美しさは、その心象と個人の意識を描き切り、卓越した表現で言い得ているところだ。そんな細かな機微をよくぞ言葉にしたな、といった具合に。

純粋性や無垢な精神の表象は、不純なものがなく洗練されて美しい。


父の密告
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留置場で射精
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俺は愛されている。世の中は俺を十分に否定してくれない
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宿屋の主人が証言に。20年前に飯沼が女連れで
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槙子の偽証
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宴の後、父の告白
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伊豆山稲村、蔵原必殺

 

近くで見れば、ほとんど化粧をしていない顔の肌の白さも、そこにかすかに奉書の漉目のような年齢の衰えが透かし見られるのも、二つながらはっきりしたが、整った顔立ちに、どことはなしに、遠々しい愁いがあって、引き締めすぎる唇の端が、冷笑とも諦めともつかぬ表情を浮かべるのが気がかりだが、目にはいかにもやさしい受容的な潤みがある。

 

又、この本は次元の核心にある純粋心情を固執するあまり、その外延を犠牲に供し、世界史的展望はおろか、神風連の敵方である明治政府の史的必然性をすら逸しています。この本はあまりにもコントラストを欠いている。

 

 

歴史を学ぶことは、決して、過去の部分的特殊性を援用して、現在の部分的特殊性を正当化することではありません。

 

 

みねは後頭部に浅い水たまりのような頭痛と感じながら

 

 

正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕と昇った。