ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『今こそ読みたいマクルーハン』

あまりに情報とメッセージが散逸で、著者自身この思想家をうまく、捉えられてない?
とも思ったが、問題はマクルーハンそのものにもありそうだ。。。

 

表象的な言葉が多く、その多くを説明していない。

「私は説明しない。探求するのみ。」


・アフォーダンンス=モノが人間に認識させる行為の可能性
cf)ドアにドアノブが付いていれば、それを持って押したり引いたりするように
  正しいアフォーダンスが実現されるような状態を設計しなくてはならない。

・「ホットとクール」=与えてくる情報が多いのがホット。低精彩低解像度で与えてくる情報が少ないのがクール。参加度が求められるのクールなほう(cf:ゼミ)。観客の側にも積極的に耳を傾ける努力が必要とされるクールな音楽。

SNSによって、個人主義の時代には似つかわしくないような、強固な仲間意識の復活が生じている