ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『職業としての小説家(村上春樹)』

かなり正直に誠実にお話しされています。

この人のついて、いまさなどう言うでもないです。

これを読んでまた村上春樹の小説が読みたくなった。それだけです。

 

 

・・・多くの学生と同じように、その運動のあり方に幻滅を感じるようになりました。そこには何か間違ったもの、正しくないものが含まれている。健全な想像力が失われてしまっている。

 

自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算」していくよりむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです

 

本の中に描かれた様々な勘定をほとんど自分のものとして体験し、イマジネーションの中で時間や空間を自由に行き来し、様々な不思議な風景を目にし、様々な言葉を自分の身体に通過させたことよによって、僕の視点は多かれ少なかれ複合的になっていったということです

 

もしも全員を楽しませられないなら
自分で楽しむしかないじゃないか