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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『論壇時評 ”2015年安保の言葉” -高橋源一郎(9月25日朝日新聞)』

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鶴見俊介はこう書いている。

「私に取って、声なき声は、1960年5月に岸信介首相が日米安保条約を強硬採決したことへの抗議としてはじまった。安保条約そのものへの反対ということだけでは十分な動機ではない。十五年戦争の指導者だった人が、ふたたび戦争体制となりやすいものを、民衆の意見をゆっくりきくこともなしに、決定するということへの抗議だ」

 

 

丸山真男は、「デモクラシーの政治ってのは、パート参加で初めて成り立つ」とした。「主権者」である民衆が、自分たちの意見が無視されていると感じたとき、一時的に預けていた「主権」を取り戻し、自ら直接「参加」しようとする、その「パート」参加の理念こそ民主主義の根幹だ」としたのである。