ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

「ビジネス・エスノグラフィーで 」 田村大 氏 -博報堂 イノベーション・ラボ (読売新聞マーケティング情報誌OJO(オッホ)2010年10・11月号)

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エスのグラフィーは、人類学の一つの領域、手段。


「フィールドワーク+解釈」で他者を理解するということ。

 

従来のマーケティング的エスノグラフィーは客観的な真実である「ニーズ」が世の中に存在するという前提に立っているから成り立つ。それに対して、ビジネスエスノグラフィーは「客観的な真実はない」という考え方に立っています。

 

 

 

そう、客観的事実の到達不可能性

これ私、他でも学んだ忘れちゃいけない真理。

 

 

「集めた情報を現場の文脈から切り離した瞬間に、その情報は無価値になる」というのが僕の考えです

 

 

―客観的事実を見つけ出すのではないとしたら、何をするのでしょうか?
 ビジネス・エスノグラフィーでフィールドワークを行うのは、深く対象者にコミットすることで、その人の視点を自分の中にインプットするためです。すると自分の中にもう一つの視点、複眼ができます。それを通じて、その人たちが持っている葛藤や矛盾、共通性から世の中の変化をとらえる。

 


デザイン思考の対義語が、マネジメント思考です。デザイナーは前向き思考、ある種の未来志向ですが、マネジメントは後ろ向き志向なんです。

 

ケースの重要性は否定しませんが、過去のものでしかありません。マネジメントは、過去に起こったことを類型化して、新しいアイデアが成功するかどうかリスクヘッジをしたうえで意思決定する。逆に言えば、”過去の累計の範疇でしか”意思決定できないのです。

 

今までなかった価値を創造し、それに形を与えるのがデザイン思考です。
デザイン思考で発想したものをマネジメント思考の管理者に持っていけば、「これは、今までに成功したのか?」「前例はあるのか?」と言われるでしょう。

 

KDDI研究所の新井氏いわく「変革する組織にとっての最大の敵は、上司が言う一言だ」。「要するに」という上司が変革の敵であるというんです。この「要するに上司」は、こちらがアイデアが出てきた文脈、背景から説明し始めると、大概、「要するにおまえは何がやりたいんだ?」「おまえが言いたいことの要点を言え」要するに「アイデアだけ言え」ということです。

 

「要するに上司」はイノベーションの本質を見誤っていると思っています。そのアイデアが、そういう文脈に置かれているかを考えていないのです。「それは以前やった」というのは、過去の違う文脈に置かれたアイデアなんですね。

 

エスノグラフィーによって画期的なアイデアが生まれる生まれないではなく、過去に前例がないアイデアに対して、「無条件でノーと言っていた意思決定のあり方を変えられる」かもれしれないのです。

 

 


仮説を持つと、それが観察のバイアスになってしまいます