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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『鍵のかかった部屋(P・オースター)』

小説 

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オースター作品の中で一番好きな小説だ。

NY三部作の一つだというが、ストーリーテリングが洗練されていて、

内面ミステリの教科書のように感じられる(もちろん教科書テキストのように退屈で凡庸なものではない)。

 

 

 

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書き出しはこうだ。

 

いまにして思えばいつもファンショーがそこにいたような気がする。 

 

 

彼はそういう人間ではない。真実を語ることを尻込みしたり、つらい話し合いから逃げ出すような男ではないのだ。

 

 

 

しばらくの間はすがるような思い出この可能性に固執した・・

 

 

 

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僕が話の流れを読みとって、彼女を先回りしているのに気づくと、ソフィーは笑顔を浮かべた。たぶん彼女は僕のこういう反応を予想していたのだと思う。僕を招くにあたっては彼女としてもいくらか迷いがあったかもしれない。だがこうして期待通り僕が理解を示したことで、その迷いもふっ切れたのだろう。僕には言わないでもわかっていた。そのことがそこにいり権利を僕に与え、彼女の話を聞く権利を僕に与えたのだ。

 

 

 

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ひょっとして僕は自分に対して点が辛すぎたんじゃないか?そしていったんそう思いはじめると、もう駄目だった。でもこんなとき、自分を救うチャンスに飛びつかない人間がいるだろうか?希望の可能性をふり捨てるだけの強さを持った人間がどこにいる?

 

 

 

 

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真実は僕がそうあってほしいと思うよりはるかに込み入っている。

 

 

僕の中に、彼に抵抗を感じている部分がつねにあったのだ。

 

 

彼と一緒にいると僕はどこかいまひとつリラックスできなくなっていったように思う。

 

 

幼い頃から、すでに彼の影響力は明白に表れていた。それはごくささいな点にまで及んでいた。

 

 

彼なら僕らのささいな喧嘩を公平に裁いてくれるものと誰もが信頼していた。彼には何かしら人と惹きつけるところがった。彼が自分のそばにいてほしいと思わせずにはいなかった。まるで彼の領分の中で暮らしていれば自分まで彼の人格に染まることができるような気がした。彼はいつもそこにいて、人のために役立った。でもそれと同時に彼は届かないところにいた。彼の中には秘密の核があることを人は感じた。決して到達することのできない、隠された神秘の核があることを。彼を真似ることは、ある意味でその神秘に参与することだった。だがそれはまた、彼を本当に知ることなど絶対にできないのだと思い知ることでもあった。

 

 

 

 

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〜ファンショーが口を開く間もないうちに、僕は彼がしたことをべらべらと一気にまくしたてた。僕はべつに彼を困らせるつもりなんかなかった。ただ、そのことを自分の胸にしまっておくことなんて、とてもできなかったのだ。ファンショーの行為は、まったく新しい世界を僕に開いてくれたのだ。

 〜だがファンショーの母親はもう少し醒めた反応を示した。そうね、と彼女は言った。それは親切で優しい行ないだったけど、まちがった行いでもあるわ。だってプレゼントにお金を払ったのは私なんだから、それを人にあげてしまうことで、お前は私からお金を盗んだとも言えるのよ。

 

 

 

彼の内面的な生き方は僕が生きたいという生き方とは決して合致しえないのだ、と。僕は物事からあまりに多くを望んだし、あまりに多くの欲求を持っていたし、目先のことにあまりに強くとらわれながら生きていて、彼のような超然とした姿勢など望むべくもなかった。

 

 

 

ファンショーは僕に、「生命に浸ること」の大切さを語った。自分をつらい状況に追いこむこと、未知のものを追求すること。それが大事なんだ、と彼は言った。

 

 

 

結局のところ人生とは偶発的な諸事実の合計以上のものではない。偶然の交わり、たまたまの運不運、それ自体が目的を欠いていること以外何も明らかにはしないばらばらな出来事の羅列、それ以上のものではないのだ。

 

 

 

共犯者同士が浮かべるような笑みを浮かべた。

 

 

まるで自分がどんなに美しいか知っていることを僕に知らせているような笑みであり、と同時に状況の奇妙さに対するコメントにも見えるような笑みだった。この場にひそむさまざまな異様な意味合いにちゃんと気づいていて、しかもそれを楽しんでいる、そんな感じだった。

 

 

僕は彼女から目を離すのに苦労した。僕は彼女が笑うのを目にしたいと思い、僕の言葉に彼女の表情がどう反応するかを見たいと願った。彼女の瞳を見つめていたかったし、彼女の仕草をじっくり観察していたかった。 

 

 

 

暗闇だけが、世界に向かって自分の心を打ち明けたいという気持ちを人に抱かせる力を持つ。そして、あの頃起こったことを考えるとき、僕をいつも包みこむのは、まさに暗闇なのだ。暗闇について書くには勇気が要る。だがそれについて書くことこそ、暗闇から逃れうる唯一の可能性であることも僕は知っている。

 

 

 

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僕はふと思った。別の名前を使って書くのも面白いかもしれないな。秘密の自分を発明するようなものだからな、と。自分でもわからないくらい、僕はこの思いつきに惹かれた。

 

 

 

 

だがそれは欺瞞である。おそらくわれわれは自分自身のために存在しているのだろうし、ときには自分が誰なのか、一瞬垣間見えることさえある。だが結局のところ何一つ確信できはしない。人生が進んでゆくにつれて、われわれは自分自身にとってますます不透明になってゆく。自分という存在がいかに一貫性を欠いているか、ますます痛切に思い知るのだ。人と人を隔てる壁を乗り越え、他人に中に入っていける人間などいはしない。だがそれは単に、自分自身に到達できる人間などいないからなのだ。

 

 

・「僕」の国勢調査のアルバイトエピソード

(「想像力を使わなにゃいかんよ。〜政府の連中の不幸を望んでいるわけじゃあるまい、ね」)

 

 

 

なぜなら、僕はファンショーの母親との性交を楽しんでいたのだ。といってもその楽しみは、肉体的快楽とは何の関係もなかった。僕は憑かれていた。生まれたはじめて、僕は自分の中に何の優しさも感じなかった。僕は憎悪の念によって性交していた。僕はそれを暴力の行為に変容させ、あたかもこの女を粉々に打ちのめそうとしているかのように彼女を荒々しく攻め立てた。僕は自分自身の暗闇に入りこんでいたのだ。そして暗闇の中で、僕はほかの何にもまして恐ろしい真実を学んだー性的欲望というものが人を殺したいという欲望にもなり得ることを。

〜僕はついにそのことを理解した。僕はファンショーを殺したいと望んでいたのだ。

 

 

 

 

 

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主人公が不在の人物の依頼を受ける、というパターンの物語。

日常のアイデンティティが崩れさる世界へと引きずりこまれ、「自分とは何か」という問いが根本的に問い直される場へと迷い込む。

 

 

 

 

 

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