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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『男子校という選択(おおたにとしまさ)』

日記と雑感 

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ダブルバインドのコミュニケーションとは、言葉では「あなたの好きなようにしなさい」と言いながらも「私を満足させるようにやりなさい」という本心をにじませるようなコミュニケーションのこと。いわゆる「表面的に優しい親」に多いパターンだ。

→自分の好きなようにはできず、かといって親に反抗することもできず、生きにくさを感じる。

 

 

小六から中二といえば、思春期の始まりといわれ、親と微妙な距離をとるようになる時期だ。親たちの示す価値観に対し、違和感や嫌悪感を表しながら自己理解を深めて自分らしさを模索し、自立に向かう大切な時期である。その大切な時期が欠如しつつあるというのだ。

 

 

育児界にある「男の子問題

持って生まれた自分らしさを否定され続けた男子は自己表現をしなくなる。自己の欲求にも鈍感になり、大人の言うことに素直に従い、第二次性徴期を迎えても反抗すらしない。そのまま従順で自己主張もない大人になる。

 

 

 

男子が男らしく育つ環境は、社会の構造としてすでに損なわれていると言える。

 

 

 

共学の中学校では女子がリーダーシップをとってしまう、男子が表に出にくく、それが「男子から自信と成長の機会を奪っている」と指摘する声もある。

 

 

  

共学での指導経験もある教員の一人は、「男子の場合、ちょっと道を踏み外してもいつか自分で戻ってくることが多い。しかし女子では、一度道を踏み外してしまうと教員の手に負えないところまで行ってしまうことがある」と証言する。共学では総じて、早めの介入が必要になるのだ。

 

特に理数系教科に関しては、女子は細かいステップを刻みながら少しづつ何度を上げていく方法が効く。所々で「ここまでは大丈夫?」と確認しながら授業を進める。〜〜男子クラスでは、いきなり「これできる?」と挑発するような方法が有効なのだそうだ。

 

 

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