ここがパンチライン!(本とか映画、ときどき新聞)

物語で大事なのはあらすじではない。キャラクターやストーリーテリングでもない。ただ、そこで語られている言葉とそのリアリティこそが重要なんだ!時代の価値観やその人生のリアリティを端緒端緒で表現する言葉たち。そんな言葉に今日も会いたい。

『アンナ・カレーニナ 中 (トルストイ)』

 

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(中巻では、リョーヴィンの農業否、労働を基にした人生哲学の開陳を、アンナは夫との離別、およびこの恋が本当の愛なのかの猜疑と葛藤を、カレーニンは不得意な感情生活と向き合い、次第に冷めていく妻への愛を語り。この選択は正しかったのか、私を彼を幸せにするものは何なのか、不幸にしているのではないか、自問を続ける。)

 

リョーヴィンは自然の美しさをみずから語るのも、人から聞かされるのも、好まなかった。彼にいわせると、言葉などというものは、自分がこの目で見たものから美しさを剥ぎ取るばかりであった。

 

 

ところが、リョーヴィンは自分でも認めている欠点、つまり、万人の福祉に対する自分の無関心を弁明したかったので、なおも言葉をつづけた。

「僕が考えるにはですね」リョーヴィンはいった。「たとえそれがどんな活動であっても、個人的な利害に基づいていなければ、強固なものにはなりえませんよ。」

 

 

リョーヴィンが部屋を出て行ったとき、ドリイにとってきょう一日の幸福と、子供たちを誇りに思う気持ちを、いっぺんに破壊させるような出来事がとつぜん起こったのである。それはグリーシャとターニャが鞠を奪いあって、けんかしたことであった。ドリイが子供部屋の叫び声を聞きつけて、駆け出して行ってみると、ふたりは恐ろしい形相をしていた。ターニャはグリーシャの髪の毛をつかんでいたし、グリーシャは顔がひんまがってしまうほどかんかんになりながら、所かまわず拳固でターニャをなぐりつけていた。その光景を見たとき、ドリイの胸の中では、なにかが一時に引き裂かれたような気がした。彼女の生活に、さながら闇がおおいかぶさってきたような感じであった。

 

今日まで自分の生きてきたあの重苦しい、無為な、個人的で不自然な生活を、こうした労働に満ちた、清らかな、万人にとってすばらしい生活に変えることも、自分ひとりの意志にかかっているのだ、と。

 

 

そのため、ヴロンスキーはけっしてその範囲から踏み出すことなく、しなければならぬことを実行するのに、かつて一分たりとも躊躇したことはなかった。これらの規範は一点の疑念もなく、次のことを規定していた。すなわち、トランプのいかさま師には負けた金を払わなければならないが、仕立屋には払う必要がない。男にはうそをついてはいけないが、女ならばかまわない。どんな人も欺いてはいけないが、相手の女の夫だけはこの限りではない。侮辱を許すことはできないが、他人を侮辱するのはかまわない、などなどである。

 

馬車の窓に見えるものすべてのもの、このひんやりと清澄な空気につつまれ、日没の青白い光を受けたすべてのものが、彼自身と同じように、さわやかで、楽しげで、力強く見えた。落日の光線に輝いている家々の屋根も、塀や建物の角のはっきりとした輪郭も、まれに行き会う人や馬車の姿も、草木のじっと動かぬ緑も、きちんと畦をきってあるじゃがいも畑も、家や、木や、薮や、じゃがいも畑の畦の投げている斜めの影も、なにもかもすべてのものが、たった今描き終わって、ニスを塗られたばかりの、すばらしい風景画のように美しかった。

 

小さなテーブルのそばに腰をかけ、その上に肘をつき、ぼんやりと目の前を見つめていた。アンナは相手が自分を見るよりさきに彼を見た。そしてすぐ、彼が自分のことを考えているのを悟った。

 

 

スヴィヤジュスキーはこの地主の泣き言に対して、徹底的に反撃を加えうる答えを心得ていながら、自分の立場として、それをすることができないので、多少の興味を感じながら、地主のこっけいな話を聞いているのであった。

 

 

彼は、花の美しさにひかれて、ついそれを摘み取って台無しにしてしまった人が、いまやかつての美しさを見出しかねて、しぼんでしまった花を茫然とながめているような思いで、彼女をながめていた。

 

ふたりのあいだでは、嫉妬のことを悪魔と呼ぶことにしていたのである。

 

 

そうはいうものの、彼の幸福はあまりに大きかったので、この告白も彼のそうした気持ちにひびを入れるどころか、かえって新しいニュアンスを加えたばかりであった。

 

 

三晩も眠らず夜を過ごして、我が家へ帰ったヴロンスキーは、着替えもせずに、両手を組み合わせて、その上に頭をのせ、長いいすにうつ伏せになった。頭が重かった。まったく奇怪な想像や追憶や想念が、異常な速度と鮮明さで、入れ替わり立ちかわり浮かんできた。

 

キチイは家政という仕事に、否応なくひかれていった。彼女は本能的に、春が近づくのを感じながら、それと同時に、不幸や災厄の日があることも知っていたので、不相応に、巣ごしらえに努め、巣ごしらえをすると同時に、そのこしらえ方も覚えようと一生懸命であった。

 

 

もう一つの幻滅と魅力は、いさかいだった。

 

「キチイ!そう腹を立てないでおくれ。しかしね、考えてもごらん、これはまったく重大なことなんだよ。それなのに、おまえはひとりで残りたくないという女々しい気持ちと、ごっちゃにしているんだから。いや、そう思うと、ぼくはたまらないよ。ねえ、ひとりでいるのがさびしいと思った、モスクワへでも行けばいいじゃないか」

「ほら、あなたはいつだってあたしに、そんなあさましい、よくない考えを結びつけるんですのね」キチイは侮辱と憤激の涙にくれながら、しゃべりだした。「あたしそんなんじゃありませんわ、女々しいだなんて、いいえ・・・ただ、夫が悲しんでいるときには、夫といっしょにいるのが、妻の務めなんだと感じているんですの。それなのに、あなたときたら、わざと、あたしを傷つけようとして、わざとあたしの気持を誤解なさろうとするんですもの・・・」

「いや、こりゃ、たまらん。まるで奴隷になるのと同じじゃないか!」リョーヴィンは、もう自分のいまいましさを隠す力もなく、つと席を立ちながら、こう叫んだ。しかし、その瞬間、彼は自分で自分をなぐっていることを感じた。

「それじゃ、どうして結婚なすったんです?せっかく自由な身でいらっしゃれたのに。後悔なさるくらいなら、いったい、どうして?」彼女はいうと、席を立って、客間のほうへ駆け出して行った。

 

 

 

各家庭の、多様な苦しみと、いさかいと、軋轢とが、平行して描かれる。

 

 

少年の心の中には、もう思想と感情の戦いがあった。

 

 

「あなたがそうやって落ち着きすましているのが憎らしいわ。あなたがしっかりしていれば、あんなとこまであたしを追いつめずにすんだわ。あたしをほんとに愛していたら・・・」

「アンナ!いったい、どんなつもりで、ぼくの愛情のことなんか持ち出すんだ・・」

「だって、あなたがあたしと同じくらい愛していらしたら、あたしと同じくらい苦しんでいたしたら・・」アンナはおびえたような表情で相手の顔を仰ぎながら、いった。

 ヴロンスキーはアンナをかわいそうに思ったが、それにしても、やはりいまいましかった。彼はアンナに自分の愛を誓った。というのは、今はただそれだけが、アンナの気持ちをしずめることができたからだった。彼は言葉に出してアンナを責めなかったが、その心の中ではアンナを責めていた。

 彼には、口にするのも照れるような俗っぽい愛の誓いを、アンナはむさぼるように受け入れて、少しづつ落ち着いていった。その翌日、ふたりはすっかり仲直りして、否かへ向けて発って行った。

 

 

(こんな状況でもちゃんと愛の言葉を繰り出す男の能力は異常。首尾よく収拾させる男も、だが、心の中では相手を責めていた。火種はなんかの瞬間に、すぐ大きくなる。)