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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『三島由紀夫 行動する言葉100(英知出版社)』

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やたらと人に弱味をさらけ出す人間のことを、私は躊躇なく「無礼者」と呼びます。

常に強がるのが軍人や政治家の仕事なら、弱味を見せるのは芸術家・小説家の仕事ともいえるのではないか。

 

 

 

老人はいやでも政治的であることを強いられる

三島が考える政治的とは、人間関係の中でその行動が常に意図的であることを指す。ちょっとした仕草や笑顔、機嫌の良さで本心を覆い、無関心さを装う。

 

 

 

独創的なウソをつけ

大人のウソは他人につくウソだから罪は軽い。しかし若者のウソは自分につくウソなのでたちが悪い。そもそも「大人は汚い、ウソばかりつく!大人を叩きのめせ!」という若者の内なる衝動自体が、自分に自信がないためのウソなのである。ならば、大いにウソをつけ、大人に対してウソをつき返せ!というのが三島の論法。なんだか正しき堕落を勧めた安吾のような..

 

 

 

ぼくは権威の破壊には大賛成だよ。しかし人間の自尊心や誇りを破壊することは、絶対に許せない。

 

「裏切られた」という暗い記憶が根底にある。

 

三島の芸術の根幹をなす、美しい日本をリードし、象徴するのが天皇である。現実として存在する日本を防衛するのが、軍である。三島からみれば、美しい日本を否定し、壊そうとするアメリカ製憲法を、なぜ自衛隊が守るのか。この呪縛から解き放たれたとき、自衛隊は日本軍に昇格する。

 

 

未来社会を信じない奴こそが今日の仕事をするんだよ

今日よりも明日を優先させる革命を嫌っていた。未来のためなら今は何をやってもいい、いやむしろそれが正義だ、という左翼運動家たちのありがちな考えが嫌いだったのだ。これに加えて「未来はオレに関係なくつくられていくさ、オレは未来のために生きてんじゃねえ」

 

「自分の子供が可愛い」などというのはワイセツな感情であって、人に示すべきものではない

 

 

日本の未来の若者にのぞむことはハンバーガーをパクつきながら、日本のユニークな精神的価値を、おのれの誇りとしてくれることである。

 

 

嫉妬こそ生きる力だ。

 力を盲信しながら、同時に滅びの美を愛した三島

 

日本にはキリスト教的な道徳がない。社会規範はあっても、心の底から無条件に恐れるべき罪を持たない。それでも社会がバランス良く保たれているのはなぜだろう?

 

日本社会は、速く走れる者をわざと遅く走らせることで安定を保ってきた。「世界で唯一成功した社会主義国家」とはよく言ったもの

 

三島の言う、絶対孤独とは通り魔の心情で、これを外部に(他者に対して)直接的に吐き出せば通り魔になり、内部に溜め込み、自らの住み処とすれば作家になる。書くという作業は副次的なもので、生涯一行も書かなかった作家という存在の可能性についても肯定している。

 

 

結婚の美しさなどというものは、ある程度の幻滅を経なければわかるものではない

三島の結婚は33歳、晩婚賛成派だった。「肉体不明朗なままの青春のほうが多くのものを生むように思われるのである」つまり、青春期に肉体明朗(性的に満たされる)よりも、色々と悩み、恋愛にも失敗し、異性に対して幻滅することが、何かを生み出す源だということ。モテない思春期は無駄ではないのである。