ここがパンチライン!(本とか映画、ときどき新聞)

物語で大事なのはあらすじではない。キャラクターやストーリーテリングでもない。ただ、そこで語られている言葉とそのリアリティこそが重要なんだ!時代の価値観やその人生のリアリティを端緒端緒で表現する言葉たち。そんな言葉に今日も会いたい。

『金閣寺(三島由紀夫)』

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幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。

 

さて、若い英雄は、その崇拝者たちよりも、よけい私のほうを気にしていた。私だけが威風になびかぬように見え、そう思うことが彼の誇りを傷つけた。

 

それでもなお、私が関与し、参加したという確かな感じが消えないのである。

 私はその事件を通じて、一挙にあらゆるものに直面した。人生に、官能に、裏切りに、憎しみと愛に、あらゆるものに。そうしてその中にひそんでいる崇高な要素を、私の記憶は、好んで否定し、看過した。

 

 

嫉み深い女は、有為子がおそらくまだ処女であるのに、ああいう人相こそ石女(うまずめ)の相だなどと噂した。

 

 

 弁当包みを持って、家を抜け出して,隣の部落へ行こうとしていた有為子が、待ち伏せしていた憲兵につかまったこと。その弁当は脱走兵へ届けるものに相違ないこと。脱走兵と有為子は海軍病院で親しくなり、そのために妊娠した有為子が病院を追い出されたこと。憲兵は脱走兵の隠れ家を言えと詰問しているが、有為子はそこに座ったまま一歩も動かず、頑なに押し黙っていること・・・

 

 

 

そこであれほど夢みていた金閣は、大そうあっけなく、私の前にその全容をあらわした。

〜。美しいどころか、不調和な落ち着かない感じさえ受けた。美というものは、こんなに美しくないものだろうか、と私は考えた。

 

私は金閣がその美をいつわって、何か別のものに化けているのではないかと思った。美が自分を護るために、人の目をたぶらかすということはありうることである。(という、ほとんどビョーキな感慨)

 

 

 京都全市が火に包まれることが、私のひそかな夢になった。

 

 

私の関心、私に与えられた難問は美だけである筈だった。

 

 

 

私はそれを見たとは云わないが、暗い茶碗の内側に泡立っている鶯いろの茶の中へ、白いあたたかい乳がほとばしり、滴りを残して納まるさま、静寂な茶のおもてがこの白い乳に濁って泡立つさまを、眼前に見るようにありありと感じたのである。

 男は茶碗をかかげ、そのふしぎな茶を飲み干した。女の白い胸もとは隠された。

 

 

(母を許していない件。母の縁者で、事業に失敗した倉井という男が寺に身を寄せていたときの話)

四人にはせますぎり蚊帳の中で、父の隣に寝ていた私は、寝返りを打つうちに、いつしか父を片隅に押やっていたらしい。そこで私と私の見たものの間には、皺だらけの敷布の白い距離があり、私の背には、身を丸めて寝ている父の寝息が衿元へじかに当たっていた。

 父が目をさましているのに気づいたのは、咳を押し殺している呼吸の不規則な踊り上がるような調子が、私の背に触れたからである。そのとき、突如として、十三歳の私のみひらいた目は,大きな暖かいものにふさがれて、盲らになった。すぐにわかった。父のふたつの掌が、背後から伸びて来て、目隠しをしたのである。

 今もその掌の記憶は活きている。たとえようもないほど広大な掌。背後から廻されて来て、私の見ていた地獄を、忽ちにしてその目から覆い隠した掌。他界の掌。愛か、慈悲か、屈辱かは知らないが、私の接していた恐ろしい世界を、即座に中断して、闇のなかに葬ってしまった事。

 私はその掌の中でかるくうなずいた。諒解と合意が、私の小さな顔のうなずきから、すぐに察せられて、父の掌は外された。・・・そして私は、掌の命ずるまま、掌の外されたのちも、不眠の朝が明けて、瞼がまばゆい外光に透かされるまで、頑なに目を閉じつづけた。

 

 

 

遠い授乳の記憶、浅黒い乳房の思い出、そういう心象が、いかにも不快に私の内を駈けめぐった。

 

 

 

第一の夢、金閣が空襲を受けることー

 

 

 自涜の折には、私は地獄的な幻想を持った。有為子の乳房があらわれ、有為子の腿があらわれた。そして私は比類なく小さい、醜い虫のようになっていった。

 

 

自分のした不可解な悪の行為、その褒美にもらった煙草、それと知らずにそれを受け取る老師

 

 

女を踏んだというあの行為が、記憶の中で、だんだんと輝きだしたのである。

 (米国人が連れて来た娼婦の腹を境内で蹴り、堕胎させた坊主の話)

 

柏木 俺の内翻足という条件が、看過され、無視されれば、俺の存在はなくなってしまうという、〜。

こんなときに青春(この言葉を俺はひどく正直に使うのだが)の俺の身の上に、信ずべからざる事件が起こった。寺の檀家の子で、その美貌が名高く、神戸の女学校を出ている裕福な娘が、ふとしたことから、俺に愛を打ち明けた。しばらく俺は自分の耳を信じることができなかった。

 俺は不幸のおかげで人間の心理を洞察することに長けていたから、簡単に、彼女の愛の動機を同情にもとめて、それでつむじを曲げたりしたわけではない。同情だけで女が俺を愛したりする筈もないことは、百も承知だったからだ。十分美しく、女としての値打ちを十分知っていたから、彼女は自信のある求愛者を受け入れるわけにはゆかなかった。自分の自尊心と求愛者の自惚れとを秤にかけるわけにはゆかなかった。いわゆる良縁ほど彼女に嫌悪を与えた。ついには、愛におけるあらゆる均衡を潔癖にしりぞけて、(この点で彼女は誠実だった)俺に目をつけるようになった。 

俺の答は決まっていた。君は笑うかもしれないが、女に向かって、俺は「愛していない」と答えたのだ。これ以外に答えようがあっただろうか?〜。「俺も愛していた」と答えることは、俺がやれば滑稽を通り過ぎて、ほとんど悲劇的に見えただろう。滑稽な外形を持った男は、まちがった自分が悲劇的に見えることを賢明に避ける術を知っている。もし悲劇的に見えたら、人はもはや自分に対して安心して接することがなくなるのを知っているからだ。自分をみじめに見せないことは、何より他人の魂のために重要だ。だから俺はさらりと云ってのけた、「愛していない」と。

 

 

 俺たちが突如として残虐になるのは、たとえばこんなうららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ陽の戯れているのをぼんやり眺めているときのような、そういう瞬間だと思わないかね。

 

 

「二組別々にどこかに身を隠そうよ。二時間たったら又ここの東屋へかえって来よう」

 

 

柏木を深く知るにつれてわかったことだが、彼は永保ちする美がきらいなのであった。〜。建築や文学を憎んでいた。

柏木が美に索めているものは、確実に慰謝ではなかった。

--美がわたしにとってそのようなものであったとしたら、私の人生はどんなに身軽になっていたことだろう。

 

 

インサイト:ある人間に徹底的にほざかせる設定

 

 

(生け花の女先生に)

(柏木)「巧いでしょう。このとおり、もう、あんたに教わることは何もないんだよ。もう用はないんだよ、本当に」

 

 

 

私に或る種の眩暈がなかったと云っては嘘になろう。私は見ていた。詳さに見た。しかし私は証人となるに止まった。あの山門の楼上から、遠い神秘な白い一点に見えたものは、このような一定の質量を持った肉ではなかった。その印象があまりに長く醗酵したために、目の前の乳房は、肉そのものであり、一個の物質にしかすぎなくなった。しかもそれは何事かを訴えかけ、誘いかける肉ではなかった。存在の味気ない証拠であり、生の全体から切り離されて、ただそこに露呈されてあるものであった

 

 

私には美は遅く来る。人よりも遅く、人が美と官能とを同時に見出すところよりも、はるかに後から来る。みるみる乳房は全体との聯関を取り戻し、・・・肉を乗り越え、・・・不感のしかし不朽の物質になり、永遠につながるものになった。

 

 

 

ほとんど呪詛に近い調子で、私は金閣に向かって,生まれてはじめて次のように荒々しくよびかけた。

「いつかきっとお前を支配してやる。二度と私の邪魔をしに来ないように、いつかは必ずお前をわがものにしてやる」

声はうつろに深夜の鏡湖池に谺した。

 

 

 

〜。これ以上くどくは云うまい。例の娼婦を金閣の庭に踏んで以来、又鶴川の急死このかた、私の心は次の問をくりかえした。『それにしても悪は可能であろうか?』

 

 

今も朝刊を老師の部屋へ届けるのは私の役目であった。三月のまだ肌寒い朝、常のように玄関へ新聞を取りに行った。懐から祗園の女の写真をとり出して、新聞の一つに挟んだとき、私の胸は高鳴った。

 

 

 その想念とは、こうであった。『金閣を焼かねばならぬ』

 

 

 

私はたしかに生きるために金閣を焼こうとしているのだが、私のしていることは死の準備にも似ていた。自殺を決意した童貞の男が、その前に廓へ行くように、私も廓へ行くのである。安心するがいい。こういう男の行為は一つの書式に署名するようなもので、童貞を失っても、彼は決して「ちがう人間」などになりはしない。

あのたびたびの挫折、女と私の間を金閣が遮りに来たあの挫折は、今度はもう恐れなくていい。

 

 

インサイト:いちいちうろたえるウブな男の吐露

 

 

 

 別のポケットの煙草が手に触れた。私は煙草を喫んだ。一ト仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。

 

 

 

 

 

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