ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『ポピュリズムという悪夢(エマニュエル・トッド@読売新聞 6月28日付)』

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最近、トッドさんよく見るなあ〜

本人も言うように、フランスでフランスのことを語れなくなったということか。

欧州が荒れているということか。

 

新自由主義は突き詰めれば「国はない。あるのは個人だけ」という考えだ。超個人主義と言える。

 

フランスは18世紀の革命で国王・貴族を斬首した。だが、貴族政治の伝統は残る。上中流層の支配が利いている。社会の規範があり、順応主義がある。一方、米国は貴族のいない国だ。はるかに自由だ。

 加えて、フランスの中流層はまだ安定している。子どもの教育費を巡り親が不安に駆られることはない。アリストテレスは「中流層が安定すれば、社会は安定する」と喝破した。

 一方、英米で中流層の暮らしは難しくなっている。

→例えば、アメリカの”自由であること”が負の文脈で使われていること

 

 

 フランスにとって欧州でドイツが支配的に振る舞うことになるのは落ち着かない。

 

 アングロサクソン世界は今、何かを産み落とそうとしていることは確かだ。だが、それが何か、見当がつかない。「預言者」であることはますます難しい。

 

 

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ついでの姪っ子。1歳。