ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『晩春』

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1949年、松竹。監督 小津安二郎

 

戦後間もなく。戦争の物故あってか、娘(のりちゃん:原節子)がまだいってない。

「あたしがいなくなるとお父さんが困るわっ」ってそういう話。「孝行娘がまだいってない、いかせたい、本人に聞いてみる」みたいなのって、きわめて小津的な主題であり、このテーマは他の作品にも数多く見られる。

 

のりちゃん「おじさま、なんだか不潔よ。汚らしいわ」

おじさま 「そうかい。不潔かい。そりゃ、困ったな。不潔かあ」

 

 

 

ほーんと鎌倉の何もないところサイクリングするシーンが好き。

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父親笠智衆)は、大体「そうかあー」「そうかね」「そうかのお」のオウム返しの相槌。 個人の葛藤や意見の表明をそれらの演技からは消している。

 

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あたし、このままお父さんといたい。お父さんとこうしてることが私の一番の幸せなの。

→いまの娘だったらこの感覚少し考えにくい(いや、そうでもないのか??)。こんなこといってるようだと、やっぱり少し心配になる。

 

 

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(三つ指ついて、礼を言う娘に対して)

父(笠智衆)「幸せに。いい奥さんになるんだよ」

 

 

 

ラストシーン、モーニングを来た父親はひとり帰宅して部屋に入る。

籐椅子に腰を下ろし、りんごの皮をむく。

ゆっくりと回したりんごから皮が落ちると、そのまま頭をうながれるように落とした。そのとき父は一人になったことを実感したのだ。