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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『プラットフォーム(M・ウェルベック)』

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性的な充足をセックス産業から得ていた僕。

旅行会社でキャリアアップを重ねていた恋人との性的耽溺。

セックス観光のある企画によって、かれらは絶望的な夜に遭遇することになった。

 

僕は礼儀正しく、真面目で、上司からも同僚からも評価されている。しかし人間味が薄いせいで、真の友人関係がつくれないでいる。早くも夕暮れがリジュー近郊を包もうとしていた。なぜ僕はマリージャンヌのように仕事に熱くなれないのだろう?---なぜ人生に熱くなれないのだろう?

 

ヴァレリーは我慢出来なくなって自分からベッドに倒れこみ、股と広げた。ベレニスはその前に跪き、陰部に舌をあてた。一瞬にして下腹部が熱く引きつった。ヴァレリーは自分の魂が天空の無限空間に入りこんだような気がした。こんな快感があるなんて考えもしなかった。

 

十一歳のとき、ある少女がはじめてマンコを見せてくれた。僕はすぐに魅せられてしまった。しの割れ目のある奇妙な器官に夢中になった。毛深くはなかった。少女は僕と同い年だった。名前はマルティーヌ。彼女は長いこと股を開けっ放しにしていた。すると今度は僕に見えるようにパンティをまくった。しかし僕が手を近づけると、彼女は恐れをなして、逃げだした。すべてが昨日のことのようだ。僕は自分がそれほど変わったと思えない。マンコに覚える昂奮は衰えていない。それは僕に残された人間らしい特徴、どうにか人であるとわかる残り少ない特徴のひとつだと思う。

 

「この雑誌はよく理解できないわ」彼女は滔々としゃべる続けた。「出てくるのはモードや新ムーブメントのことばっかり。必見、必読、しなくちゃいけない理由、新しい話題…そもそも読者はモデルと同じ服を着ることなんてできないのに、なんで新しいムーブメントに興味があるのかしら?読者はだいたいがオバサンばっかりなのに」 

 

「まるで嫌いになった恋人について語れと無理強いされているようなものだ。。。」

 

 

レイシズムの特徴はまず」ロベールは僕を横目で見た。「増大した反感、人種の異なる雄のあいだで激化した競争心だろう。しかし、それは相手人種の雌への性欲の増大から生じた結果なんだ。ほんとうのところ民族闘争はなにを賭けて闘っているかというと・・・」ロベールははっきりと断言した。「経済的なものでも文化的なものでもない。生物学的なもの、獣的なものを賭けて闘っている。つまりそれは若い娘のヴァギナをめぐる闘いなのだ」早々にもダーウィニズムに突入しそうだった。 

そのときウェイターが僕らのテーブルに戻ってきた。四十七番の娘もいっしょだ。ロベールは彼女の方を見上げ、しばらくのあいだ見つめた。「うむ、いい選択だ..」彼は陰鬱な調子で断言した。「淫乱そうな娘だ」その娘は恥ずかしそうな笑みを浮かべた。僕は彼女のスカートのなかに手を入れ、護ってやるように尻を撫でた。彼女は僕にすり寄ってきた。

 

タイの娼婦の三人にひとりがHIVポジティブだ

 

僕は相変わらず彼女のなかにいた。

 

 要するに、空港のブティックというのは「その国らしさ」を残しつつも、危険を排除し、「らしさ」を弱め、世界共通の消費スタンダードに十分に適応した空間なのだ。それは最終行程にある旅行者のための仲介的空間、その国で最もつまらないと同時に最も平凡な空間だ。僕は世界全体が空港に似てきつつあると思った。

 

第二章

午前十一時、飛行機はロワッシー空港に着陸した。僕は一番乗りで荷物を受け取った。十二時三十分、僕はすでに家にいた。土曜日だった。やろうと思えばなんだって可能だった。出掛けていってショッピングするとか、部屋の模様替えのために雑貨を選ぶとか…。---わざわざやってみるだけの価値のあることはなさそうに思えた。僕はローストチキン、グラーヴを二本、『ホットビデオ』の最新号を借った。終末にしては野心の貧しい選択だった。 

→こんな調子で、午後三時過ぎ、旅行先で知り合ったヴァレリーに電話をする。

 

僕は宇宙に消え去り、性器だけが生きていて、信じられないほど烈しく押し寄せた悦びに貫かれている。そんな感じだった。ゆっくりと何度も射精した。最後の最後になって、自分が叫んでいることに気がついた。こんな瞬間のためなら死んでもよかった。

 

ワンルームを借りる段段になって、彼女は気がついた。自分は罠にかかった。これからはずっと労働者会のなかだ。

 

知らない女をひっかけること、その女とセックスすることは、とりわもなおさず侮辱と頭痛の源だ。まず、うんざりするような会話、若い娘をベッドに連れこむためにはそれに耐えなきゃならない。そして、たいていの場合、相手に幻滅してしまう。ーーそして少なくとも朝までは、厭でもいっしょに過ごさなくちゃならない。こうしたことを考えれば、男がはした金で大きな安心を買う方法に逃げたくなるのも無理はないと納得できるはず。ある程度、年齢を重ねた人間は恋愛を避けるようになる。

 

要するに、彼女達もセックスに金を払うようになる。そしてセックス観光に向かうことになる。女子達は男性的な価値観に順応できるんだ。ときには不器用な女性もいるけど、順応できないことはない。それは歴史が証明している。

 

僕はこの退屈で濃密な本が好きだった。うっかり同じページを三度も四度も読んでいることもざらだ。 

 

ショーペンハウアーがどこかでこんなことを書いている。「人が自分の人生で憶えていることは、過去に読んだ小説よりほんの少し多い」まさにそういうことだ。ほんの少しだけなのだ。

 

一度アジア料理に挑戦しようとした。しかし僕には複雑すぎた。思いもよらぬ分量のバランス、特殊な野菜のきざみ方、ほとんど別の精神構造で成り立っている。

 

公の機関で働く場合、決断はベストにこだわる必要はないのだ。

 

とりわけ彼(ベルトラン・ブルダヌ)らしい作品は、若い女のパンティの中で肉を腐らせていくとか、自分の排泄物で蠅を育て、展示会場に放置するというようなもの。

 


マリリーズがパリ行きの電車の中で輪姦されるシーンは、当然この物語のその後の暗示にも取れる。

 

イルカって厳しい上下関係がある群れをつくるんだけど、一頭ボスがいて、そいつが牛耳ってる。それにかなり攻撃的よ。

 

欧米人は完全に贈与の感覚を失っている

 

タイの場合、旅行ビザによる滞在期間は通常一ヶ月しかない。しかし延長したければ、一度国外へ出て入国し直せばいいだけだ。パタヤにあるいくつかの旅行代理店はカンボジア国境への日帰り往復ツアーを企画している。

 

 

訳者あとがき

「人生がおぞましいものになればなるほど、人はそれにしがみつこうとする。よって生きるということはつねにひとつの抗議であり、不断の復讐なのだ。」とバルザックは『浮かれ女盛衰記』のなかで書き、ウェルベックはそれを自分の小説の巻頭に掲げた。

 

読んで気持ちよくなれるタイプの本ではない。慰めもない。むしろ痛みの増すような本だ。それでも彼の本が多くの人に読まれているのは、生きることの第一義が幸せの追求ではないからだ、とわたしは思う。 

 

 

訳者が言い得ている。

彼の本には、多分に人類に、人間に体する暗示的内容でありながら、ほとんど救いもない。それでもどうして読みたくなるんだろう。彼の言っていることを真に受けて皮肉をまとって生きていきたいからじゃない。それは、彼の小説に、なにか別の価値や生き方を類推させるような力があるからだ。

 

 

 

 

『プラットフォーム(M・ウェルベック)』

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