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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『断影 大杉栄(竹中労)』

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ボルシェビキよりも、アナーキズムだ。

 (アナボル論争みたいなもんでね」と言ったら、労働者を中央の統制に従う組織にしようとしたボル派と、地方の個々の団体が主体性を保ったまま自由意志で連合すればよいと考えたアナルコ派)

 

こんなに面白いルポは初めてだ。

そう遠くないうちに、また読むと思う。

扱っている人物(大杉栄)の面白さそのものだろう。

しかし、それをうまく引き出し、上手に味付けしているこの人(竹中労)の力量が発揮されている。

それにしてもこんな本(人物)、思春期に食ったらヤバかったわー。。

 

「思想に自由あれ、しかしまた行為に自由あれ、さらにはまた動機にも自由あれ(僕は精神が好きだ)」

 

幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました(『サーカス』中原中也

 

日本共産党に青春を捧げた

 

獄中でエスペラント語を習得

 

 霊肉の絆に結ばれた

 

一九二〇年(大正9)、「宮中某重大事件」発生。裕仁親王の妃と定められた久邇宮良子女王に対して、“色盲の血統がある”という異議を山県有朋は申し立てた。

 

冬の時代の凍土に、天性のオルガナイザー大杉栄は、“思想”の鍬を入れた。

 

思想と行動の振幅・変幻自在、現実に即応して先手先手と、情況をドリルし切りひらきさらには飛越していく、夢想と実際とが言えば一鎖にないまざった革命者で、大杉はあった。その根底には、「生の拡充」という至上の命題、制御されざる本能「(人間は)死ぬという事実、それ以上にいま生きているという事実」

 

「この反逆とこの破壊との中にのみ、至上の美を僕は見る。“征服の事実”がその頂上に達した今日においては、諧調はもはや美ではない美はただ乱調にある、今や生の拡充はただ反逆によってのみ達せられる。新生活の創造、新社会の創造はただ反逆によるのみである(「生の拡充」)」

 

ああ、俺は理屈を云いすぎた。理屈は鎖を解かない、胃の腑の鍵を奪い返さない(「鎖工場」)」

 

イデオロギー、とりわけて“革命の思想”はすぐれて気質に属する。

 

葉山日蔭茶屋事件(大正五年)

-神近市子と刃物沙汰!

以後、同志は彼をほとんど去ってしまった。「彼の生きざまは羨望の的であり、裏を返せば反感の矢衾を背負っていた」。性的アナーキー、という汚名。

 

「たとえ、大杉さんに幾たりの愛人が同時にあろうとも私は、私だけのものを彼に与え、欲しいだけのものを彼にとり得て、ずんずん進んでゆければ、自分の生活が拡がってゆきさえすれば、十分満足なのです。(「申訳、丈に」伊藤野枝)」

 

機関誌のため、頭山満に金の無心。

頭山は「いま金がない」といって紹介状をしたためる。

宛先は怪人・杉山茂丸

彼は一つの暗示を、大杉に与えた。時の内務大臣・後藤新平に会え、というのである。茂丸の孫にあたる龍丸は『わが父・夢の久作』の中で、事実は、茂丸自身が後藤に金を届け、過激派の首領と、その取締りの親玉を仲介する悪戯を企んだのだ、とうけとれる記述をしている。

  大杉は後藤新平に面談して、あっさりと金を手中にしている。

 

「私のところへ、無心にきたわけは?」

「政府が僕らを困らせている、だから政府に無心にくるのは当然です」

「ようごわす、差し上げましょう。が、ごく内々にしていただきたいな。あなたの同志の方々にも」

 

「したがって夫婦間の誠実は(愛人間のといいかえてよい)男性にとっては努めてなすことである、女性にとっては自然である。それゆえ女性の姦通は、客観的にすなわちその結果からみても、主観的にすなわちそれが自然に反するという点からみても、男性の姦通よりはるかに許し難いのである」by ショーペンハウエル大先生。。

 

 悪魔の子と人は呼ぶだろうと」長女を魔子と名付けた。

 

サラリーマンの平均月収が33円。学生の下宿まかない付で9円。

米価高騰一石=41円。1升50銭也(1918年)。

 

僕は精神が好きだ。しかし、その精神が理論化されると大がいは厭になる。精神そのままの思想は稀れだ、精神そのままの行為はなおさら稀れだ、生まれたままの爆発だ。思想に自由あれ、しかしてまた行為にも自由あれ、そしてさらにはまた動機にも自由あれ。(大杉栄「僕は精神が好きだ」、大正7年)

 

「最高権力(暴力)、個人がこれを所有すれば君主制となり、万人が所有すればすなわち民主制となる。ともかく、最高の権力をだ!国家は権力(暴力)を行使するが、個々人にはそれはゆすされない。国家が暴力を行使するとき、それは法(正義)と名づけられるが、これに対して個人の暴力は犯罪と称される。すなわち犯罪とは個人の権力の謂いであって、国家の上に個人を置くという見解を持てば、彼はただ犯罪によって国家の暴力を打破するほかにないのである」

 

 北は、社会主義社と親交を結ぶ。---時代は左右を弁別しなかった。気質を一脈おなじくする大杉と北は、単に友情のみでなく、共に事を図ろうとしたのである。

(同様に、2・26事件の首領として、北一輝は処刑された。) 

 

“協同戦線”の大原則は、敵目標の一致のほかになく、思想の統一ではない。

 

 大杉には、たしかにそうした茶目っ気侠気がある。

 

前兆はあった。東京中央郵便局にネズミの大群、小包を喰い荒らす。大阪では野犬が横行、十九名を咬む。ネコ突如発狂、名古屋で赤ん坊を引っ掻き殺し、関東一円夜な夜な奇声をあげ屋根の上で猫じゃ猫じゃと乱舞する。群馬で雷獣捕獲、妖気漂う夏まひる。

 正午前一分十六秒、震度7・9&最大振幅は180ミリ、驚天動地の激震は襲った。

 

流言飛語の震源地は当局にあり。

朝鮮人狩り・主義者ノ撲滅」の謀略は、右翼によって暴かれる。革命と維新は、この時点で権力認識を一にしていた。

---大杉栄暗殺は軍部&内務官僚上層の意志であり、甘粕正彦一個人の動機に発したものではないことを、状況証拠は物語る。 

 

 

 

『断影 大杉栄ちくま文庫)』

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