ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

「女性が奪われていたものは、実は『時間』ではなく『尊厳』だったのではないか」(10月27日付 朝日新聞)

この日のオピニオン面は、実り多いわ〜。

 メディア(報道)がいかに、事態を定型的な判断と切り口で考えているか。それを無批判、無思考な人たちが垂れ流してしまうか。これはさきの大統領選でも同じことが言えるね。メディアや報道に携わる者たちでさえも、その時々のムードや「あって欲しい」方向に、ただ流されてしまったんじゃないか。疑いもはさまずに。

 

予期していないことが起きたとき、人は立ち止まって振り返る。

「あれ、こんな可能性考えられたんだっけ?」

 

 

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【『電通過労死 見えぬ核心』津田大介

本件についてある大学教授が「残業時間が100時間を超えたぐらいで過労死するのは情けない」とネットに投降し、炎上(のちに投稿削除・謝罪)したが、このような問題の矮小化も過重労働を中心に報道してきたメディアの影響が大きい。

 

女性社員は、自身のツイッターに「休日返上で作成した資料をボロクソに言われた、身体も心もズタズタ」「男性上司から女子力がないと言われる」「若い女の子だから見返りを要求される」といった悲痛な叫びを残していた。彼女の自殺は11月上旬に発症したうつ病によるものとされている。過重労働以外にも度重なるパワハラやセクハラが背後にあったことは想像に難くない。だが、本人が証言できない状況でハラスメントを証明するのは難しい。そこがすぐには深堀りできないため、報道が過重労働に集中しているのだろう。致し方ない部分はあるが、もう少し多角的に論じられないものか。

 

 

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【担当記者が選ぶ 注目の論点

竹井善明は「電通女性社員自殺』を単なる過労死にすべきでない理由」 (ダイヤモンドオンライン10月18日)で、電通は昔ほど長時間労働ではなくなっており、「女性が奪われていたものは、実は『時間』ではなく『尊厳』だったのではないか」と指摘する。