ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『異論のススメ(朝日新聞 2017年2月3日付)』

f:id:design_your_life:20170205190941j:plain

 

佐伯啓思。ここ数年、この人の言ってることは一環している。

グローバリズムの速度を落とせ、保護主義もバランス良く取られい。そんなこと。

 

なにせ、先日のスイスでのダボス会議では、あろうことか、中国の習近平主席が、自由貿易グローバリズムを守らねばならない、と演説したのである。つい噴き出してしまうが、それほど保護主義は分が悪い。

 

 

このグローバリズムの時代に保護主義などとんでもない。

 

 

自由貿易とは、各国がそれぞれの得意分野に特化して貿易するという国際分業制である。すると両国でウィンウィンの関係を結べる、と。

 

 

仮に米国の土壌がジャガイモに適しており、日本の労働者が半導体の生産に適していたとしよう。すると、アメリカはもっぱらポテトチップスを生産し、日本はシリコンチップを生産し、両国が貿易すればよい。これでウィンウィンになる、というのである。

 だが、もちろん米国は世界に冠たるポテトチップス大国では満足出来ない。そこでどうするか、政府が半導体産業を支援したり、〜つまり、自国の優位な産業を政府が作り出すのである。

 

 

かくて、グローバリズムのもとでは、自由貿易は決しておだやかな国際分業制などには落ち着かない。