ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『すべての男は消耗品である(村上龍)』

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誰かの批評本で、村上龍の著作で読むならこれ、みたいなスタンスで書いてあった。

「限りなく透明にちかいブルー」の発表前タイトルである「クリトリスにバターを」よろしく、このひとはコピーライティング的センスがあるようだ。

タイトルからして、ほとんど小説みたいにして、平成29年のいま読むべきものである。

 

男は、制度的に父親になるしかない。女が他の動物と同じように、生物学的に母親になれるのとは決定的な違いだ。

 

 

本当は、男は結婚を拒否したいのだ。どんなに好きないい女であっても、結婚をしないですむ方法はないかと考える。

 だけど、してしまう。

 なぜか?

 制度だからだ。制度をバカにしてはいけない。制度は強力だ。この世の中の、ほとんど百パーセントのことがらが、制度を支える装置としてある。

 制度に対抗するのは極めて難しい。男はきっと対抗できない。だが、制度というものは、あたりまえの話だが、嘘である、幻想である。人間が勝手に作ったものだ。必然性などはない。動物に制度は存在しない。動物に比べて人間は不完全だから制度を確立したのだ。

 

うんこを食べるために自分の女に一週間、フルーツだけを食わせるスカトロジストもいるそうだ。

 

 

兵隊は、男だ。最大の消耗品である兵隊は、男なのだ。銃後も悲惨だろう。とくに負け戦では空襲もあるし、大変だと思うが、男はもっと悲しいのだ。

 

 

制度には、意味はない。快楽を得ようと思えば、リスクを負って、制度の外へ立つしかないのだ。

 

 

 

オレがずっとロマンと呼んできたものは、 実は、自己確認のことだ。

自分が自分であることの確認だ。

三浦雅士風に言えばこうなる。

「自分を自分であると認めることは、まず自分を一人の他者であると見做し、その他者をさらに自分自身であると見做すことである(メランコリーの水脈)」

 

 

どんなに偉くなっても、みんな、男には、最下級の娼婦を買う可能性がある。そんな恐ろしく寂しい夜があるものだ。

 女にもあるのだろうか?

 オレにはわからないし、あまりわかりたくもない。

 

 

一人の女でずっと満足できたら、本当にどれほど楽かわからない。

だが、そうはいかの金玉なのだ。

 

 

オルガスムはあった方がいいが、なければ生きていけないというものではない。ところが、男のピュッピュッはそれがなくなれば間違いなく人類は滅ぶのである。

 

 

とにかくオレは人妻は誘惑しない。

 →本作で龍氏はこれを繰り返し仰られています。

 

 

ソフトな天皇

 

 

ストリップというのは女の裸を観に行くんじゃなくて、女が人前で恥を脱ぎすてていくその過程を眺めるのだ。

 

 

女なんてどうせみんな生理でしかものを考えられない動物なんだから、『いいかげんさ』が一番大切なんだ、

 

→平成29年のいま、当代の作家がこれを発言しようものなら、大炎上間違いなしのこのワーディング。しかし、小説の中であればできる!

 

 

君はスクエアだなあ。

 

 

 

恋愛関係にある男女が、ふと小さい頃も思い出話をする、何でもないようなことのようだが、ここに大切なことが含まれているのだ。

ーーそういう一見他愛もないことを、絶対に話せそうもない相手もいるのである。

 

あなたの恋人は、あなたに小さい頃のことを語っているだろうか。

そのことが親密度の基準になる。

 

 

 

彼女たちが反乱を起こし、新しい宗教が出現するまでは、オレのような遊び人が一時的に面倒を見るといううれしい状況が出来上がるわけである。

 

 

 

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