ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『メディア真っ二つ?(7月13日付 朝日新聞オピニオン面)』

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大石裕・慶応大教授(ジャーナリズム論)

読売新聞の前川・前文部科学事務次官の「出会い系バー」を巡る報道は、政権とメディアが保つべき一線を超えた、大きな問題を持つものでした。

 

一方で記者側は書きぶりを工夫するなどして一定の緊張関係を維持してきた。

 

メディアの価値観と論調は今なお、互いに似通っている。分かりやすい例が沖縄の米軍基地を巡る問題でしょう。

読売新聞が「政府寄り」で朝日新聞が「沖縄寄り」、という大きな違いがあるイメージがある。ただ記事を分析すると、ともに沖縄の負担軽減を主張しながらも、日米関係の重視という点は共通し、基地問題解決についても具体論はない。負担軽減に向けて政府は「丁寧に進めるべきだ」と言うか、「寄り添って進めるべきだ」と言うか、その程度の違いしかありません。 

 

新聞記者は社会から独立して権力を監視していると自負しますが、実際には読者の平均的な意見から大きく離れられていない「総中流幻想」による同質性の高い社会の内部で対立しているにすぎない