ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『銀の匙(中勘助)』

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とにかく、子ども時分の思いや考え方をここまでよく覚えているな、と思う。

幼い頃からもの心つくまでの主人公(否、これは筆者そのものだ)の心情を、みずみずしくごう自然な文章で綴られる。

 

主人公は、体が弱く育ちの遅れた神田っ子。 

甘えん坊の幼少期。周囲の人間はおおらかで優しさかった。 

 

私のようなものが神田のまんなかに生まれたのは河童が沙漠で孵ったよりも不都合なことであった。近所の子はいずれも神田っ子の卵の腕白でこんな意気地なしは相手にしてくれないばかりかすきさえあれば辛いめをみせる。

 

四角い字こそ読めないが驚くほど博覧強記であった伯母さんは殆ど無尽蔵に話の種をもっていた。おまけにどうかして忘れたところは想像でいい按排につづけてゆくことに妙も得てるのであった。そうして侍であれ、お姫様であれ、それぞれの表情と声色をつかって、しまいには化けものの顔までしてみせるのが行灯のうす暗い光に照らされて真に迫ってみえた。

 

私はそのじぶんから人目をはなれてひとりぼっちになりたい気もちになることがよくあって机のしただの、戸棚のなかだの、処かまわず隠れた。そんなところにひっこんでいろいろなことを考えてるあいだいいしらぬ安穏と満足をおぼえるのであった。それらの隠れがのうちでいちばん気に入ったのは小抽出の箪笥の横てであった。

 

お惠ちゃんとの二人遊びの数々。

次の日にはお祖母様に手をひかれて玄関まで暇乞いにきた。私はいつもの大人びた言葉つきでしとやかに挨拶をするお惠ちゃんの声をきいて飛んでも出たいのを急に訳のわからない恥ずかしさがこみあげてうじうじと襖のかげにかくれていた。お恵ちゃんはいってしまった。 

 

 

「おあいにくさま、日本人には大和魂があります」

という。私より以上の反感を確信をもって彼らの攻撃をひとりでひきうけながら

「きっと負ける、きっと負ける」

といいきった。そしてわいわい騒ぎたてるまんなかに座りあらゆる智慧をしぼって相手の根拠のない議論を打ち破った。 

 

が、鬱憤はなかなかそれなりにはおさまらず、彼らは次の時間に早速先生に言いつけて、「先生、□□さんは日本が負けるっていいます」

といった。先生はれいのしたり顔で

「日本人には大和魂がある」

といっていつものとおり支那人のことをなんのかと口ぎたなく罵った。それを私は自分が言われたように腹に据えかねて

「先生、日本人に大和魂があれば支那人には支那魂があるでしょう。日本に加藤清正北条時宗がいれば支那にだって関羽張飛がいるじゃありませんか。それに先生はいつかも謙信が信玄に塩を送った話をして敵を憐れむのが武士道だなんて教えておきながらなんだってそんな支那人の悪口ばかり言うんです」

 

兄はその年ごろの者が誰しも一度はもつことのある自己拡張の臭味をしたたかに帯びた好奇的親切。。 

 

 お友だちはふりかえりふりかえりしてたがしまいに立ちどまってくたびれたのか、気分でもわるのか と親切にたずねたので正直に

「波の音が悲しいんです」

といったら兄は睨めつけて

「ひとりで帰れ」

といった足をはやくした。お友達は私の意外な返事に驚きながらも兄をなだめて

「男はもっときつくならなければないけない」

といった。 

 

 

 ある日のことまたそんなにして川のなかに立ってたとき私は足もとにあるまっ白な石を拾おうとして身をかがめた。それを兄はじきみつけて

「なにする」

といった

「石をひろうんです」

「ばか」

私はもういつものように恐れなかった。こないだから考えて考えて考えぬいてある。

「兄さん」

私は後ろからしずかに呼びかけた。

「兄さんが魚をとるのに僕はなぜ石をひろっちゃわるいんです」

兄は

「生意気いうな」

と怒鳴りつけた。私は冷ややかに笑ってまともに兄の顔を見つめながら

「僕のいうことがちがってるなら教えてください」

兄は

「殴るぞ」

といって手をあげた。私は黙って垂れさがった枝のさきにびくをかけ崖をあがって帰りかけたが、うす暗い木の蔭にここんでるのを見ると急に気の毒になり、あんなにいうけどきっとやっぱし寂しいんだろう とおもって岸のうえから一所懸命によんだ。

「兄さん、兄さん、居てあげましょうか」

兄は知らん顔して網をそろえている。

「さようなら」

私は丁寧に帽子をとってひとりで家へ帰った。それから私たちは決していっしょに出かけなかった。

 

私の何より嫌いな学科は修身だった。

 

 

 

 

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