ここがパンチライン!(本とか映画、ときどき新聞)

物語で大事なのはあらすじではない。キャラクターやストーリーテリングでもない。ただ、そこで語られている言葉とそのリアリティこそが重要なんだ!時代の価値観やその人生のリアリティを端緒端緒で表現する言葉たち。そんな言葉に今日も会いたい。

『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝(栗原康)』

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口ではわかったおいっておきながら、速攻でそれを破ってしまう。

 

糸島郡今宿村(現 福岡市西区)

▼上野高等女学校(現 上野学園)へ

▼新任の英語教師 辻潤

 

▼雑誌『青鞜』の、貞操論争、堕胎論争、廃娼論争。

 

遭いたい。行きたい。僕の、この燃えるような熱情を、あなたに浴びせかけたい。そしてまた、あなたの熱情の中にも溶けてみたい。僕はもう、本当に、あなたに占領されてしまったのだ。(伊藤野枝宛・一九一六年)

 

▼葉山の日蔭茶屋事件 神近市子

 

それなのに、これからというときに、こいつらは恋愛ごときで運動をこわしやがった。と他の社会主義社たちからの反感を買っていた大杉ら。

 

 

不倫上等、淫乱好し。

公序良俗の番犬どもめ。 

 

 

「前置きは省きます。私は一無政府主義社です。」という書き出しの、後藤新平宛の手紙。 

 

 

あなたは一国の為政者でも、私よりは弱い。 

 

▼大阪のアナキストたちの間で流行っていた借家人運動。家賃を払わずに居直る。

▼どこからともなく大杉がヤギを連れて来たので

▼野枝が本を読むときは、大杉が魔子を連れ出してヤギの背に乗せる

▼長女魔子、次女のエマ(妹の養子に)、三女もエマ、四女ルイズ、長男ネストル。

蒙昧野蛮の時代

 

 

私たちはまた、売淫という、もっと露骨に女の体が経済的物品であることの証拠になることを知っています。多くの上中流の知識あり教養ある婦人たちは、それを賎しみ憐れみしていますが、しかし多くの良人を持っている婦人たちとの差異は本当に五十歩百歩なのではありませんか。

中産階級の婦人たちにたいし、おまえらもおなじなんだ、男の性的奴隷じゃないか)

 

 

そして、そういうかけがえのない相手とであった自分の身体は、これまでの自分とはぜんぜんちがう。おなじ手足をしているかもしれないが、あきらかにその力が増している。まちがいない、生の拡充だ。セックスは、やさしさの肉体的表現である。 

 

愛しあって夢中になっているときには、お互いにできるだけ相手の越権を許して喜んでいます。けれども、次第にそれが許せなくなってきて、結婚生活が暗くなってきます。もしも大して暗くならないならば大抵の場合に、その一方のどっちかが自分の生活を失ってしまっているのですね。

 

お互いの正直な働きの連絡が、ある完全な働きになって現れてくるのです。 

 

大杉だったら、おなじことを「自由連合」という、ちょっとかたい言葉で説明するだろう。労働運動の全国組織みたいなものをつくりにしても、そこに支配関係をつくらせてはいけない、組合規模の大小をとわず、すべての組合の個性をいかした連絡組織をつくろうよと。

 

が、その恋に友情の実が結べば、恋は常に生き返ります。

 

 

 

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