『愛が挟み撃ち(前田司郎)』
2018年冬、芥川賞候補作。
今回は「勝手に芥川賞選考会(1/15)」の開催を前にアップ。
※本物の選考会は1・16、築地の新喜楽にて。
前田司郎さんは、五反田団を主宰する劇作家、演出家、作家。
09年には『夏の水の半魚人』で、三島賞を受賞している。
猿などと違って人は常に発情していると、何かの本で読んだことがあった。ーーーー。
例えば今は発情していない、少なくとも私は。
一年くらい避妊しなかったら普通80%くらいの確率で子ども出来るらしいよ
この先、子の無い人生を思うと寂しくもあるし、悲しさも一握りある。
でも、じゃあ、この安堵感はなんだろう。
きっと俊介は謝りたいのだろう。自分のせいで子どもを諦めないといけないことを。謝る必要も、謝って欲しくもないが、謝りたい気持ちも判る。それで気が晴れて、この面倒な空気も徐々に通常に戻るなら、謝られてあげてもいいかな。
「やっぱり欲しいよな」
俊介が言う。京子は黙って続きを聞こうと思った。「欲しい」主体が、俊介なのか京子なのかわからない。もしくは二人ともか。
よっぽど、「言いたいことがあるなら早めに言って」と言いたくなかったが、夫の威信を考えて黙って待つと、俊介は鎖骨と鎖骨の間に自らの顎を当ててグリグリと動かした。
最初に少し攻撃的な態度をとって相手をひるませ、一気に距離を詰めるやり方をする奴か、もしくはただの馬鹿だろう。
映研内で「顔要因」と呼ばれている女の子たちだった。
詳しく聞いてみると、マキちゃんとは寝てもいないらしい。
「情報や理屈で誰かを好きになるなんて、景色の美しさを理屈や言葉で解釈するのと同じだぜ。無粋だよ」
「気持ち悪いかどうかはあなたの主観じゃないですか?」
「俺の主観はあなたにとっての客観だから」
「でも、お前と京子の子なら、俺は自分の子と同じように愛せることが出来る。だから、俺はお前に頼んでる」
京子が水口と肌を合わせた。そのことを思えば、下腹部から不快なざわめきが立上がってくる。
京子の唇は硬く、乾いていた。
「俊介くんのどこが好きだったの?」
水口は考え「顔かな」と言った。京子は笑う。その答えは好きだった。
ふと考えてみる。世の男女が、結婚した理由のリアルとは何か?
俊介は唖然とした表情で京子を見たまま居る。
そうか、他の何が欲しいんでもない、水口くんの子が欲しいんだ、私は。
この小説の閉じ方。ドライであっけらかんとした結びは、好きだ。
セックスとは関係性である
というどこかの国の偉人の言葉を、いまさら思い出したのである。