ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『R帝国(中村文則)』

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中村文則として、書かずには済まされないテーマ(という位相)だったのだろう。

 しかし、破滅的な展開において愛とか小さい頃の出会いについてのみ首尾よく上手い具合に(つまりはご都合主義的に)ことが運ぶのは興ざめを禁じざるをえない。

 悪や悪意を具現化するとき、政府や権力として大きなものを描くということにどれだけリアリティを感じなかったか。(現実にはそういう存在を感じている時代ではあるのにどうしてだろう...。チープなものに映ってしまった)

 この作家は、もう少し個人の内面や“小さい点”について紡いでいくほうが巧いし、得意とすることに間違いないだろう。(自己模倣を脱却したいという思いはあるんだろうが..)

 

人工知能として個人にスタンドのごとく付き添うHP

 

こいつの意志一つで、と思う。こいつが引き金を動かすかどうかで、自分の命が失われる。銃身の先が自分の身体のどこかと繋がり、そのことで全身を止められているように思えてならなかった。

 

できるか?そう考えが浮かび打ち消す。人を殺すことになる。だがそれが何だというのだろう?こいつはこんなことをする人間なのだ。こんなことをする人間がどうなったってどうでもいい。

 

 

この世界は、こんな風だったのか?こんな理不尽な理由で人が死に人生が終るのか?

 

 

独裁政権の方が、他国にとって都合がいいのだった。その王を腐敗させ、ズブズブの関係を築いておけば石油が安く手に入る。

 

 

この時点で本来、日本は降伏すべきだった。なぜなら、サイパンがアメリカの手に落ちたということは、後の硫黄島と同様地理的に、アメリカはそこからほぼ日本全土に空軍機で往復爆撃が可能になるからだ。

 

命を捧げることを全国民に強いた世界でただ一つの国かもしれない。

 

正確に言えば、ボロボロの状況の中で、このまま幸福するのでなく、最後に何かで大反撃をし戦局を好転させ、和平交渉に入ることだった。見通しが甘過ぎる。

 

アメリカと日本では、戦争の種類が元々違っていた。アメリカの方は降伏がある通常の戦争。日本は降伏のない戦争。悲劇的だったのは、日本が絶対に勝てない戦争でそれをし続けたということだ

 

テロは世界中に需要があるのだよ  

 

世界の歴史が、全て自然発生的に起こると思うほど君は甘ちゃんじゃないだろう?

 

男性に何をされたって、女性は汚れるなんてことはないよ。

 

人生とはこんなにも簡単だったのかと!

 

 

人間の、穢い部分、憎悪とか醜悪とか最低な部分を描く。

話の流れ上、無理ない形でそれらを人の口から言わせるには、最低な状況を作り出さなければいけない、と考えるのも無理ないか..

 

 

 

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