ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『政治断簡:冬来たりなば春遠からじ(高橋純子)』

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「死ぬ時間考えてほしいよ。この時間は死ぬ時間じゃねえだろ。2時ぐらいに死ねよ」

「そうだよね〜」

2人ともスマホの画面を見つめたまま。

 

共感、共生の感覚が細り、やせてしまったこの社会の土壌。

「共」の醸成は、政治の大きな役割のひとつだ。

 

政治の言葉は本来、社会を豊かにする力をもっているはずなのだ。それなのに。

 安倍晋三首相のさらさらと流れる所信表明。「死ね」と、きゃぴきゃぴ炎上を商う国会議員。政治家が保身と目先の人気取りに専心し、そのためなら敵意をあおって社会を分つこともいとわない。