ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『クロマグロとシロザケ 〜東京夜話〜(いしいしんじ)』

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「つらいのはな、速く泳げないことなんだ。自分が泳ぎたい速度で泳げなけりゃ、泳いでるって気にならないだろう」

 

「なにかやらなくっちゃ、って感じを思い出すね」彼は巨体を上下に揺らした。「ずいぶん長い間、一匹だったんだ。一匹だと、やっぱり自分はわからないもんだな。自問自答ってのは要するに、逃げなんだよ」

 

 

表層と深層で、海流の向きは往々にして違うものなんだ。

 

 

「ねえ、そんなに落ち着きがないってことは」魚は嬉しそうに言った。「あなたマグロね。ねえそうでしょう。ほんとにずっと泳いでいるのね」

 

 

「うちらには実感ないけどな、このあたりの水温は、もうシャケには無理や。知ってるか。あんたの彼女は、もっと北の海底に一匹だけキャンプ張って、アホなマグロに会いにこのあたりまでわざわざ下ってきとんのや。あの子にとって、どういうことかわかるか。あの子はシャケなんやで。マグロやないんやで。寒い寒い、川の生まれなんやで」

 

 

「ぼくだって、サケになりたかった」ぼくはつぶやいて、泳ぎはじめた。彼女の冷ややかな肌の感触がまだえらに残っていた。たぶん一生消えない、と思った。

 

 

 

 

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