ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『道徳どう教えれば(2018年6月26日付 朝日新聞)』

f:id:design_your_life:20180726072136j:plain

そこで私の授業では、教科書にあるお話を結末まで読まず、子どもたち自身に結末を考えてもらう「中断読み」という手法を実践しています。

 

ところが、初めから結末を読むとどうなるか。子どもは教科書の結論が絶対正しいと考えがちで、教員から意見を求められても、「教科書に合わせた答えを言わなくては」と忖度してしまう。(宮沢弘道さん)

 

公教育で大切なことは、すべての子どもたちが自由に、生きたいように生きられる力を育むことです。そのためには、互いの自由もまた認め合う必要がある。哲学ではこれを「自由の相互承認」と言います。どのようなモラルを持っていても、それが他人の自由を侵害していない限りは認め合う。このルール感覚こそ学校で育むべきです。

 

ところが道徳の学習指導要領では、ルールは「守ること」になっています。

日本では、「ルールは与えられ、条件に従うもの」と考える人が多いですが、本来は多様なモラルを持っている人たちが、互いに自由に生きられるために作り合うものです。(苫野一徳氏)