ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

寄稿:『理解できぬ世界は悪か(角田光代)』

会社サボって、「万引き家族」観れてよかった。

朝日で2回(6/8、6/25)、読売で1回(6/7)、大きく紙面を割かれた。

各記事を並べたいと思う。

 

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幼児を虐待する親は極悪人だと思っているし、万引き常習犯は病んでいるのだろうと思っている。自分が彼らと同じ人間だと思うことは怖い。だから線引きせずにはいられない。 

 

よく理解できないこと、理解したくないことに線引きをしカテゴライズするということは、ときに、ものごとを一面化させる。その一面の裏に、側面に、奥に何があるのか、考えることを放棄させる。善だけでできている善人はおらず、悪だけを抱えた悪人もいないということを、忘れさせる。善い人が起こした「理解できない」事件があれば、私たちは「ほら悪いやつだった」と糾弾できる。

 

 

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是枝監督は以前から、現代のメディアが陥りがちな「分かりやすさ至上主義」に警鐘を鳴らしていた。彼の映画も、説明しすぎないことが特徴になっている。

だって、世の中って分かりやすくないよね。分かりやすく語ることが重要ではない。むしと、一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ、ということを伝えていかねばならない。僕はそう思っています

 

 

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あたし楽しかったからさ、こんなんじゃお釣りがくるくらいだよ。

あんたマエがあるんだから、5年じゃきかないよ。(作中より)

 

父ちゃんさ、おじさんに戻るよ。

 (作中より)