『暁の寺(三島由紀夫)』
豊穣の海 の三作目。
本多の別荘
本を取り去った突き当たりの壁には小さな穴が穿たれている。
清顕と勲については、かれらの人生がそういう水晶のような結晶を結ぶのに、いささかの力を貸したという自負が本多にはあった。
(いまや金持ちである本多の性癖 のぞき)
悲劇的に薙ぎ倒す光芒のすばやさと、それが草生の上を走るときの戦慄。その中に一瞬うかぶ、まくれた下着の白の、ほとんど残虐なほどの神聖な美しさ。
ジン・ジャンによい男友達を、それもなるべく手の早い青年を紹介してやりたい、と本田が言ったのである。この一言で慶子はすべてを察した。
(本屋にて)
しかし青年のすぐそばまで来て、その姿勢が異様に硬直し、その頚の角度、その横顔、その目が、何か埃及(エジプト)のレリーフの立像のように、様式的に自然なことに本多は気づいた。それから、ズボンの右ポケットに手を入れている青年の、そのズボンの中の手がはげしく機械的に動いているのをありありと見た。
恋とはどういう人間がするべきものかということを、松枝清顕のかたわらにいて、本多は良く知ったのだった。
それが外面の官能的な魅力と、内面の未整理と無知、認識能力の不足が相俟って、他人の上に幻をえがきだすことの出来る人間の特権であった。まことに無礼な特権。
〜ジン・ジャンは、慶子の光る腿の間へ差し入れていた首を、やや仰向き加減にした。おのずから乳首も見え、右腕は慶子の腰を抱き、左腕は慶子の腹をゆるやかに撫でていた。岸壁を舐める夜の小さな波音が断続していた。
本多は自分の恋の帰結がこんな裏切りに終わったことに愕くことさえ忘れていた。