ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『ルポライター事始(竹中労)』

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序盤の檄文のような「序書き」、太字多しだった。

なんにしろ、書き出しがカッコよかった。

 

モトシンカカランヌー、・・・という言葉が沖縄にある。

資本(もとで)のいならない商売、娼婦・やくざ・泥棒のことだ。顔をしかめるむきもあるだろうが、売文という職業もその同類だと、私は思っている。

 

「万国のルポライター団結せよ!」

 

 原稿用紙のマスメを埋め、お話しにならぬ零細な賃金しか得られなくても、知的職業のはしくれであることに満足しているのか?ことわるまでもないが、私は故意に挑発している。諸君、怒りたまえ!

 

 

いささか激越な序に、へきえきをしたむきもあるだろうがページを開きたまえ。もし途中でこの書物をほうり出したら、君は私の友人ではない。

一九八一年二月二〇日 竹中労

 

 浅草六区のストリップ劇場まわりが日課で、正午過ぎから夜十時ごろまで楽屋に入りびたり、コヤがはねるとストリッパーやコメディアンと安酒場に飲みに行く。

 

 

長い戦後の生活からやっとぬけ出して、身のまわりが小綺麗になっていき“家庭のぬくみ”が増していくのに反比例して、私の魂はすさんだ、酒を飲んでは暴力をふるい、果ては刃物三昧の立ちまわりという明け暮れだった。

 

幼いころから幸福というものに縁薄く育った私は、いつしかみずからをヌキサシのならない窮地へ、修羅場へ追い込まないと、生きている甲斐のない男になってしまったのかも知れない。 

 

 

むしろ差別の奈落に居直って、お上品な連中に糞まみれの怨念を、スキャンダルを投げつけることこそを愉快としなくてはならない。

 

芸能界が下らぬのではなく、芸能記事が下らないのである。タイトルを拾ってみるがよい、そこには批評もなければユーモアもない。

 

連合赤軍”坂東国男の父親がマスコミの曝しものにされた首をくくったのと等しく、姉ひばりの興行は公共施設からしめ出される。それは公序良俗に名を借りた全体主義ではないのか?

 

吉永小百合と岡田太郎の結婚、これは近親相姦のテーマである。

親父の多分に性的過保護の監禁から脱出した小百合は、やはり父親的男性のふところに飛び込んでいった。いかにも低俗な話である。しかし低俗であればあるほど、人間心理の真相に端的にかいまみせてくる。

 

社会の表層にあしかびのように浮薄にただよう芸能者の群を通して、物質文明の根底にある虚栄への願望とその裏返しである侮辱、すなわち差別意識の上昇・下降の回路をえぐり出すことが、芸能記事の要諦なのである。

 

スキャンダリズムとは、一を十に拡大することとはちがう、センセーショナリズムとは、かならずしも同義ではない。“醜聞”は、つねに氷山の一角でなくてはんらない。十を知って一を書くこと、白刃鞘の内にあって相手を斬らねばならぬのである。 

 

光文社の『女性自身』創刊の年、文京区音羽の旅館にさらっていった。

---読売の河上氏は、後の推理小説作家・三好徹である。 

 

このころから心中ひそかにマルキシズムを疑いはじめた。

 

・・・人は無力だから群れるのではない。あべこべに群れるから無力なのだ。

 

言葉の正確な意味での、自由業である。 

 

 

1970年秋、『週刊読売』に連載中の人物評論「エライ人を斬る」を、時の総理夫人・佐藤寛子の干渉で 中断されたときに、私はこう考えた。 

 

それはえんぴつ無頼の竹中労にとって、まさに上に向かっての堕落である。

 

ペテン師森繁よ、あなたの芝居でカメラマンI氏は失職し、光文社の若い編集者は続々と会社を去っていく。編集幹部のヘッピリ腰もけしからぬが、このような事態に追い込んだ責任は全面的にあなたにある。いつの日かこの事件の決着をつけることを、私はここに明確に宣言しておく。

 

今日ただいま、私は浮上を開始する。ゆっくりとだが確実にあなたと拮抗し、あなたを撃つ水平線に私は登場して、あなたを筆頭人とする芸能界を破壊の射程に入れよう。一個の人間の執念をおそれよ、私はあなたに対して活字の暴力を仮借なく行使することをここに誓う。(一九六三年三月十日)

 

職業とは生活の手段である、だがそれは同時に(それ以上に)、人がおのれの望みをいかに生きるかという試練の場なのである。

 

 

 『処女膜から声が出てない』というネットスラング

 

 

当時は、浅草六区ヒョウタン池があって、

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読売新聞をレッドパージで追われ、左翼独立紙『東京民報』の創刊に参画した彼(徳間康快)が、日共と浅からぬ関係にあることはとうぜん理解できた。だが、自民党の悪口もとは信じられないことであった。やがて応接室で現職の労働大臣である某と偶然かちあったりするうちに、しだいに事情がのみこめたのである。

 

世界に誇る精神文明をアメリカは映像の他に持たぬから、怒るのは当然である。

 

つい三年前この街を焼いたのは、その国家・軍閥・官僚であったはずなのに。 

 

堕落するべきときには、まっとうに堕ち、まっさかさまに堕ちよ!

 

五木寛之がカツドンのエッセイを書いておったが、戦後はじめて食ったカツドンにまさるカツドンにいまだめぐりあっとらんという言たるや、この人にはまれな真実である。

 

自分は乞食のような人間である。まったくもってどうしようもなく欲望にもろい、陋劣きわまる人間であると私は思った。

 

上野の地下道に出入りするようになり、あの無惨な光景を見たのは九月もそろそろ末のことであった。---容赦なく殴りつけ蹴りとばしてトラックに追い上げる。暗闇にそれが行われたのは、衆人の目をさけたのであろう。民主警察のタテマエなどどこ吹く風の暴虐ぶりを目撃して、魂が凍るのを私はおぼえた。

 まさしくチリ芥のごとく、人々は地下道を追われた。そして無惨な光景はその後に現出したのである、放水がはじまった。再び人々が戻れないように、地下道は水びたしにされたのだ!---何という残酷なことをするのだ、これが人間の人間に対する仕打ちかと、肚の底から胴ぶるいする怒りが噴き上げてきた。

 

 

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