ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『暴走する忖度(7月7日付 朝日新聞朝刊オピニオン)』

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金田一先生、この春列島を一世風靡した「忖度」についてかく語りき。

深い。言語学者としてあまりに政治家の言葉についての批評性がある。

このテーマでこういう人選ができるのもさすが編集者といった脱帽感。

朝日新聞はオピニオン面がほんとに面白いんですよね〜。。

 

 

下の人がやるだけではだめで、上の人がそれをきちんと感じ取ることで、忖度が成り立つわけです。

 

 

日本語は状況依存型の言語です。同じ言葉でも、使われている状況や文脈で意味が変わる。「お水、いいですか」だけでは、「水をください」なのか「水はもう必要ないですか」なのか分からない。誰が誰に対して、どんな状況で言っているかがわかって、初めて意味が明確になります。

 

 

言葉にあいまいな部分が大きいので、言語化されたな状況や文脈を察するという小さな「忖度」を日常的にやっているわけです。

 

自然言語はあいまいにできているのが普通です。それが成熟した言語なんですね。 

 

いまの政治の言葉づかいは、安倍晋三さんが典型ですが、わかりやすすぎるあの人、国会でヤジを飛ばしますよね。ヤジというのはすごくわかりやすい蓮舫さんも、わかりやすい言葉しか使わないから、すぐ口喧嘩みたいになってしまう

わかりやすい言葉で政治が語られるのには用心しなけきゃいけない。トランプさんの言葉はとってもわかりやすいけれど、すごく危なっかしいでしょう。

 本来、政治家の言葉というのは、解決が難しい問題にかかわるから、あいまいになるはずなんです。安倍さんのような単純な言葉だと、白か黒かになってしまって、複雑な利害が調整できない。

 

 

そう。だから政治家が妙にわかりやすい易しい言葉で説明を始めたら疑わなきゃならない。「こいつ、私たちを騙してるんじゃないか?」って。一般の人が、それに気付くのって至難。そこで大切なのは、客観的態度と批判的まなざし。

やっぱりそれってメディアでしょ。

 

 

いまの政治の言葉は幼稚になっている。政治家は分かりやすい言葉だけで語り、マスコミはわかりやすい言葉だけを伝え、国民もわかりやすい言葉しか受けつけない。

 

 

もう一度読通してからふと立ち止まってみる。

日常生活のなかで相手の理解を重視するがあまりに、「分かりやすさ」や「端的さ」を過度に追求し過ぎて、損なっている部分がないだろうか。自分に問いかけてみる。