ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『罪と罰(ドストエフスキー 工藤精一郎訳)』

f:id:design_your_life:20170807071707j:plain

 

 

ロージャの母:

でも、ことわっておきますけど、あの方はわたしが書いたよりもいくらかやわらかく言ったんですよ。それがわたしはその言い回しを忘れて、意味だけを覚えているものだから。

 

母からの手紙を読んで、ラスコーリニコフ

心臓がはげしく動悸し、考えがはげしく波打っていた。とうとう、この納戸か長持のような黄色っぽい穴ぐらにいるのが、息苦しく窮屈になった。視線と考えが広々としたところを求めた。彼は帽子をつかむと、部屋を出た。

ここは棺桶か!?

 

真相ははっきりしている。自分のために、自分の安楽のために、自分を死から救うためにさえ、自分を売りはしないが、他人のためなら現にこのように売るのだ!愛する者のために、尊敬する人間のために、売る!要するに、これが真相なのだ。兄のために、母のために、売る!

 

 

こんなかわいい娘でもどうして犠牲にせずにいられよう!おお、なんというやさしい、しかしまちがった心だろう!

→と、ドゥーニャ(ドゥーネチカ)の優しさを嘆く。

 

 

 もう一刻の猶予もならなかった。彼は斧をとり出すと、両手で振りかざし、辛うじて意識をたもちながら、ほとんど力も入れず機械的に、斧の背を老婆(アリョーナ・イワーノブナ)の頭に振り下ろした。そのとき力というものがまるでなかったようだったが、一度斧を振り下ろすと、急に彼の体内に力が生まれた。 

→俺は凡人か?天才か?の自問の向こうに、本当に殺ってしまった男。後からやってきたばばあの妹・リザヴェータも勢い余って殺す 。

 

 

ぼくは貧しい病身の学生です。貧乏にうちのめされている男です。 

ex.自分も生活苦しいのに葬儀費用を出してやるって、ラスコーリニコフみたいなことを。。

 

 

「ちがうわ、嘘じゃない!・・・」とドゥーネチカはすっかり冷静さを失って、叫んだ。「あのひとがわたしの人格を認めて、尊敬してくれる、という確信がなかったら、わたしは結婚しないわ。さいわいに、わたしはそれを確認できます、今日にもよ。このような結婚は、兄さんの言うような、いやしい行為じゃないわ!」 

 

ロージャの書いた論文ついて、ポルフィーリーにかく語りき:

人間は自然の法則によって二つの層に大別されるということです。つまり低い層(凡人)と、これは自分と同じような子供を生むことだけをしごとにしているいわば材料であり、それから本来の人間、つまり自分の環境の中で新しい言葉を発言する天分か才能をもっている人です。それをさらに細分すれば、・・・第一の層、つまり生殖材料は、一般的に言うと、保守的で、行儀がよく、言われるままに生活し、服従するのが好きな人々です。第二の層は、みな法律を犯しています、その能力から判断して、破壊者か、もしくはその傾向をもつ人々です。これらの人々の犯罪は、むろん相対的であり、千差万別です。彼らの大多数は、実にさまざまな形において、よりよきもののために現在あるものの破壊を要求しています。

 

ポルフィーリーは:

例えば、ある男なり青年なりが、自分はリキュルゴスかマホメットだなんて思いこんで・・・むろん、未来のですがね、ーーいきなりあらゆる障害を排除するなんていいだしたら、どうでしょう・・・

(「天才であるなら困難な状況を飛び越えてみせろ!」と、これは現代風な宗教網執型のテロリストだ) 

ポルフィーリー:予審判事。

 

 

「じゃ、実際に天才的な人々は」とむずかしい顔をして、ラズミーヒンが尋ねた。「つまり人を殺す権利をあたえられている連中だな、彼らは他人の血を流しても、ぜんぜん苦しんではならないというのかい?」

「ならない、どうしてそんな言葉を使うんだ?そこには許可もなければ禁止もないよ。犠牲をあわれに思ったら、苦悩したらいい・・」

 

 

「そこらの未来のナポレオンじゃないのかい、先週例のアリョーナ・イワーノヴナを斧でなぐり殺したのもさ?」ととつぜん隅のほうでザミョートフが言った。

 

→「選ばれた人間には法律なんてカンケーない」の論文は、当時のサンクトペテルブルグでもなかなかセンセーショナルに捉えられたようだ。

*ザミョートフ:警察署の事務官。ラズミーヒンの友人。

 

 

 

 

www.amazon.co.jp