ここがパンチライン!(本とか映画、ときどき新聞)

物語で大事なのはあらすじではない。キャラクターやストーリーテリングでもない。ただ、そこで語られている言葉とそのリアリティこそが重要なんだ!時代の価値観やその人生のリアリティを端緒端緒で表現する言葉たち。そんな言葉に今日も会いたい。

『北の国から 87’ 初恋』

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国民コンテンツとでもいうべき『北の国から』シリーズを観ようと思ったのは、社内の飲み会がきっかけだ。


 僕は昭和57年生まれなので、同世代ではサッカーで大久保嘉人、野球で青木宣親、ジェニーズで滝沢秀明。初めて買ったCDは槇原敬之『どんなときも』、初めて観た映画は、安達祐実主演『タスマニア物語〜REX〜』だ。


 そんな僕らとバブル世代(会社でいうと部次長級)との分水嶺は、まさにバブルを経験したかポストバブル世代かということ。もちろんいま会社にいるバブル世代というのは入社時点がバブル当時だったわけだからバブルの恩恵を社会の中心で一部始終観られたわけではない。むしろ、あまり実感のないままにしぼんでしまったと感じる人も少なくないだろう。

 

 こうした2つの世代が飲み屋で飲んでいてどんな話をするかというと、当然仕事の話、会社のグチや噂話。趣味やプライベートの話が及べば楽しい飲み会だ。さらに話がふくらみ、それ俺もやった、俺も観た、俺も好き、となれば共通するネタが生まれてくる。今後の人間関係も豊かになるものだ。さらになんだ、ある種の”物語”を共有したり、共感したりできるようになると、その人間がわかるってもんだ。物語(つまり、どんな世界や価値が好きか)には情緒も気持ちも入りやすいため、その人の人間や価値、感性が出やすいのだ。

 

 では、”共通の物語”はあるだろうか。昭和末年生まれくらいまではまだ、誰もが観ているテレビ番組というものがあった(つまりテレビが作るコンテンツにまだ影響力があったということだろう)。

 アニメであれば「ドラゴンボール」や「スラムダンク」。お笑いであれば「志村けんのだいじょぶだあ」、「たけしの元気が出るテレビ」。ドラマであれば、「101回目のプロポーズ」や「あすなろ白書」などの月9各種。もう少し射程の広い、上の年長の人間(昭和30年代生まれ)もわかるコンテンツがないだろうか。ただ年長じゃもわかる古さというだけではない、息が長く、扱っている価値やリアリティが古びない上質なコンテンツが。。(つまり、最近になって改めて若者に見直されていて、あるいはリヴァイバルパッケージにだってなってしまっているかもしれない。いいものだから、昔リアルタイムで観た今の大人たちが観返して、子や下の世代も一緒に観たらはまってしまいそうなもの)

 とすこし考えてみて思い浮かぶのはいわゆる名作番組や映画。「男はつらいよ」シリーズ、「仁義なき戦い」シリーズ、「北の国から」シリーズ、舶来ものだと、「007」シリーズ、「スターウォーズ」シリーズ などなどだ。仁義なき〜、は学生の頃に観た。これはマフィアものにはまったときにじゃあ日本のマフィアは?というのでここしかないと思って観たものだ。で、そういや北の国から男はつらいよ観てないな、というのでこれを観るに至ったわけ。

 

 

 

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富良野の自然と動物を見せながら奏でる北国牧歌 ♪アーアー、アアアアアー

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これを合間に挟めば、どんな残酷な北国の現実も、悠然とした自然の下で懸命に生きることに必死な家族の物語として昇華される。

 


純は、機械を見つけると分解したくなり、しばしば色んなものを分解している。


 ある学校からの帰り道。意中の転入生れいちゃん(横山めぐみ)が自転車を停めて、調子が悪いのか自転車の様子を見ている。機械を見るのが得意な純はそれをみて簡単に直す。礼を言うとすぐに自転車にまたがり先に走って行ってしまったれいに対して、

「(心のつぶやき)行っちゃうの〜、そりゃないよ〜」と落胆していると、道の曲がった先で待っていてくれる。

 話しながら二人で帰っていると、富良野特有(というよりは北の国から特有か)突然の夕立。かの有名な「れいちゃんとの納屋での雨宿り」シーンだ。

 

 

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風邪ひくといけないってんで、濡れた制服を脱いで、火にあたる。お互いしっかり視線を合わせないまま同じ方を向いて、好きな音楽の話とか尾崎豊が好き、とか話すんだ。

じゃあカセットあげる、ありがとう。みたいなやりとりに、かつて少年だった我々大人たちは心震わせる。

 

 

 「東京行かないの?ここにいたら遅れるばかりじゃない。」 

 

「どなっても父さんが怒らないことに、傷ついていた。」 

 

同級生チンタと好きな人かぶったー

 

 大雨で畑をダメにした中津(人口肥料に頼ったという落ち度がある)に対して、村としての救済を拒む大規模豆農家の大里(れいの父)。農家は助け合いを信条として実際、村のみんなに借金して生きながらえている五郎は、家で飲んだくれている夜。CDを貸しに家にやってきたれいに対して、「農家は助け合いだろ、ってお前んとこの親父に言っとけっ!」って吐き捨てた五郎に対して純は

「やめろよ!子供に関係ねえだろっ」  

 

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五郎の誕生日に、風力発電を成功させた純は五郎にただ喜んで、誉めて欲しかった。

ところが、自分だけ卒業後の進路を相談されていないことに対して「(五郎)俺は心の狭い男だから、お前のやり方にひっかかってる」

 

父さん、近頃ほんとに情けないよ。

どうしてもっと喜んでくれないの?

 

 

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霜の警報が鳴ると、小豆を守ろうとタイヤを燃やそうとする。大規模なだけに村の助けが必要だ。助けにいこうと五郎を呼びにきた中津に対して「人がいいのもいい加減にしろ!」と言って渋っていると、予期せぬ知らせが。作業中に誤って大里のカミさんがコンテナの下敷きになった。

 

 

豆も父親もめちゃくちゃになった大里家。

久しぶりにれいと話をすると、卒業が終わったら札幌に行かないか誘われる。

「ごめんなさい。わたしとても怖いこと言ってる」
(故郷を出たい、ここではないどこかに行きたい女)

 

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クリスマスの夜に、大里家は夜逃げをした。

純はれいとのイブの約束を思い出し、思い出の納屋に行く。

純宛の手紙と尾崎のCD。

 

 

卒業式の後、純を送り出す五郎と蛍。

長距離トラックの助手席に座る。トラック運転手が出した封筒は五郎が強引に押し付けてきたものらしい。ピン札に泥がついている。お前の父親の手についてた泥だ。

 

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