『勝手にふるえてろ(綿矢りさ)』
はじまりの一文はこう。
とどきますか、とどきません。
いつのまにか致すときは鳴らすのがマナーになった音姫、おそらく日本の女子トイレでのみ起きている不思議な現象。
しかしいまや音姫はマナー化して、鳴らさないとむしろまわりに聞かせたい変態かと思われるくらいで、ちっともおもしろくないから、私は会社のトイレでどいつもこいつも音姫を使ってるのをいいことに自分だけボタンを押さず彼女たちの音姫の音にまぎれて思いきり無修正で致すのをささやかな楽しみにしていた。
綿谷りさの 社会常識を嘲笑し、自分のトーンで軽快に書き進めるこの態度 すごい好き
招待客用の長いすのはしっこでドレスを着たまま知らんぷりで脚を組み、窓わくに頬づえをつきながら雨にぬれた美しい芝生のきみどり色を眺めていたい。
新婦に呼ばれたときだけ宣誓台へ行って、あいよ親父また来たよとのれんから顔を出すふうにベールを自分でめくり二に唇を押しつける。
短い、変な会話だったけれど、でも大丈夫、話せただけで十分うれしい。イチ、はなしかけてくれてありがとう。
なんでいまどき家庭でも家計簿つけなきゃいけないの、そんなことも見抜けないなんてぼんやりしてる。
目鼻立ちのはっきりした、できたての弁当の底みたいなほかほかしたあつくるしいオーラの男性だった。
会話の端々に非常にさりげなく、彼自身のポジティブな情報を入れ込んでくる。
〜営業と同じで自分を売り込んでいる。
だめ出しされたうえかつアドバイスをされると、頼んでもいなのに目の前でシルクハットから鳩を出された気分になる。で、この鳩は私が育てなきゃならないの?
望みどおりの相槌を返してあげたのに即座に打ち消してくる人、あと企画のことをかっこつけてプロジェクトと呼ぶ人は私は嫌いです。
最近はまっているのはインターネットのWikipediaで絶滅した動物について調べることです
帰りのタクシーで隣に座った二が距離をつめてきた。二はスープ系の体臭、飛行機で出される油の浮いたコンソメスープと同じにおいがする。つねにだしが効いている。前世がおでんの具だったのかもしれない。
負けとか言っちゃって被害者づら。私が振り回してるみたいに聞こえるナイス責任転嫁な言葉だ。
正直なのは良いこと、でもまったく魅力がない。恋をしたとたん、正直になって魅力が消え失せてる。〜。本人は正直なつもりでも、愛情深い人というより、ただの欲深い人に見える。だって好きな人には正直でいたいという気持ちも、ただの欲望の一つだもの。
処女を捨てたいからって好きでもない人としたら、たぶん終ってすぐは普通だけど、だんだん取り返しがつかないほど後悔してぶつぶつひとりごとを言うようになり、自分の貞操を探して毎夜、上野公園の不忍池の辺りを這いずりまわる人生になるだろう。
自分が輝けるかつ手持ち無沙汰にならない役割を取られたくない女の子たちは笑顔で、いいよ座ってて〜と言うだけで決して自分のポジションを譲ろうとはしない。
友人の秘密をバラすという悪意(日常のほんとにごく近くにあるショック大な悪意)
つらい。ほんと、痛くなかったら手首切ってる。
二も嫌いだ。私の処女を可愛いと思う男なんか大嫌いだ。赤いふせんの君を見つけた、君の下のふせんもぼくが取ってあげるよ、ってか。正気か。
ワルい方が強い。二十六年間生きてきて私のたどりついた結論がこれだと思うと、情けなくて涙が出る。
「おれとの子ども、作ろうぜーっ!」
言い終わると妙に丁寧に、旅館の女将がふすまを閉めるときみたいに両手で窓を閉めた。
「なんで窓開けるわけ」
さむい、いろんな意味で。冬のつめたい夜風が玄関の温度を下げた。でもそのせいで色々ぶつけたかった思いや苛立ちが窓から外へ出て行ってしまった。
で、二は最後のページで初めて「霧島」という名字を得た。
実は、学生時代に彼女(綿谷さん)にビラを配り、受け取ってもらったことがある。
ここに出てくるこの子、綿谷さん自身のメンタリティに近いんだろうな、と思った。
そういう気がする。