ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『文学の淵を渡る(大江健三郎×古井由吉)』

f:id:design_your_life:20180224121409j:plain

 

先生は聖書の同じところに即して語られました。「娼婦と結婚する」という言葉がありますでしょう。僕たちキリスト教の外側の人間は、「娼婦と結婚する」という言葉を見ると、まあ比喩として考えます。ところが、門脇神父のようなキリスト教の専門家は、それをそのとおりに読み取られるんですね。

 

 

日本の小説の中で、どちらかというと私小説系で、主人公が自分のことも思えなくなる、ましてや他人のこととか風景のことなどは見るゆとりもない、そんな真っ暗なところまで自分を追い込んでがんじがらめにしておいてから、いきなり非常にいい風景描写が出てくることがある

僕はああいうのを読むと、これは死者の目じゃないかと思うんです。死んでいる人間の目に映る世界。

 

 

例えば「花」さんが話を聞いてもらえると知った後に華やいで、色気が出てきます。立ち居振る舞いから声まで違ってくる。これは一種の情交です。こういう微妙なところは、日本の短編の高い水準をあらわすんだけど、弱みでもあるのかもしれません。

 

 

明治の人たちの教養の背景には、いうまでもなく漢文があります。

 

 

確かに小説を書く上で、のぞきをする人間のアリバイも示しているところがあまり尊敬できないわけです。例えば、こういう一行がある。「後の光景を、私は目撃しなかった。全然見なかったわけではないが、ほとんど見なかった。」この小説には大きい問題が提出されている。

 

 

僕も、自然主義私小説はまた違うものなのではないかと思います。明治の自然主義文学の<わたくし>は、他者を含んでる。ところが大正に入るとだんだんラディカルになってくるんです。<わたくし>が縮まってくる。

 

 

大江 私は、古井さんの書かれた「こころ」解説が好きなんです。特に最後の段落。

「無用の先入観を押しつけることになってもいけないので、この辺で筆を置くことにして、最後に、これほどまでに凄惨な内容を持つ物語がどうしてこのような、人の耳に懐かしいような口調で語られるのだろう。むしろ乾いた文章であるはずなので、悲哀の情の纏綿たる感じすらともなう。挽歌の語り口ではないか、と解説者は思っている。おそらく、近代人の孤立のきわみから、おのれを自決に追い込むだけの、真面目の力をまだのこしていた世代への。

 

 

「こころ」のみならず、漱石は自決、自殺する人間を何種類も書いている。私はそれがとても大切なことなんじゃないかと思うんです。漱石は、自殺してしまわざるをえないところに追い込まれていく人間を、深い共感を秘めながら追いかけていた代表的な小説家、というのが私の印象なんです。

 

 

 

私も大江と同じである。

最後のところで、人間の理性を信じてはいない。

 

 

 

https://www.amazon.co.jp/dp/B015IPTCIC/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

『anone #6』

高度資本主義国家で、偽札づくりっていうファンタジー。

不適かつ大胆な役やらせたら傑出の、瑛太の良さ出てきた。

 

「ぼく、観たことあるんですよ。完璧な偽札を..」 

 

 

「偽札に、被害者はいません」 

 

 

「少し古いくらいが美味しいのよ」

 

 

 

 

『Mother #2-11』

 

#3

「フフフフ、うっかりさんだね」

「そう。うっかりさんなんです」

 

#8

奈緒「道木れなさんの、幸せを願いします」

 

#9

籐子「何よりそれを先に伝えてあげなきゃいけなかった。

   よくつぐみちゃんを助けてあげたわね」

 

鈴原家の女の結束。うっかりさんも入れて、女六人の記念写真。

 

 

「幸せって、誰かを大切に思えることでしょ」 

 

 

「つぐみも行くよ」

「お母さん、なんで黙ってるの??」

 

#10

奈緒の母同士の会話

「長いような、、短いような...。 色々あった」

 

 

『Mother #1』

f:id:design_your_life:20180212223056j:plain

 

芦田愛菜ちゃん可愛い過ぎる...

 

「嫌いなもののことを考えちゃダメなの。好きなもののことをずっと考えるの」 

 

 

「いつきちゃん聞いて。わたし、あなたを誘拐しようと思う」

 

 

わたしあなたのお母さんになろうと思う。

あなたと二人で生きていこうと思う。

 

 

f:id:design_your_life:20180212223231j:plain

あなたは捨てられたんじゃないっ。

あなたが捨てるの。

 

 

 

f:id:design_your_life:20180212223246j:plain

 

『デヴィッド・レターマン 〜今日のゲストは大スター〜』

f:id:design_your_life:20180210170250p:plain

一回目のゲストは、第44代アメリカ合衆国大統領バラク・オバマ

なんてユーモアがある人なんだ。

こんな人が国のトップだなんて、やはりアメリカは恵まれていた。

 

数分間、彼の話しているのを聞いているだけで、優れた知性を感じた。

そして彼の話に、勇気が出た自分がいた。

 

 

「実に公正で熱心で情熱的だ。

 あれほどの人物は見たことがない」 

 

 

「不公平だ! 」

 

 

「ただ暗闇で膝を抱えてた?」 

 

 

「二〇年後に子どもから言われるだろう。問題だと知りながら、放置した」 

 

好きな言葉がある。「子どもを持つのを、身体の外心臓を持つようなものだ」 

 

上の娘は何か書く僕のところに持ってきて、いますぐ読んで意見を聞かせて。

 

 

 

 

f:id:design_your_life:20180210170303j:plain

『anone #5』

f:id:design_your_life:20180210170529j:plain

www.ntv.co.jp

 

第5話。亜乃音の家で家族のように過ごす四人。

カルテットの四人のように。

 

夫の家に入った時の、るい子(小林聡美)の扱われ方は、見ているのが辛い。

親に対する敬意も優しさもない息子。義母の甘さが孫の成長を疎外する。

 

 

理市「今日ここにお邪魔したのは、皆さんにこの偽札の製造に協力してもらうためです」

 

 

 

舵「できれば人に褒められたいです」

 

 

 

亜乃音「生きなくたっていいじゃない。暮らせば。暮らしましょうよ」

 

 

 

ハリカ「生きてても死んでても、好きな方と一緒にいればいいのに」

 

 

 

るい子「生きてる子どもに愛されないから、死んだ子どもを愛してるんです」

 

『Devilman crybaby』

人類が死に絶えて、悪魔(サタン)が生きているという印象的なシーンで終る、バッドエンドを初めて漫画で経験したのが、デビルマンだった。

あれから10年以上。

平成も終ろうとしている29年に、ネットフリックスでアニメ化たあ...。

 

人類の愚かさは、ますます酷い。

人類による人類への悪魔狩り

少しは賢くなっていると、思いたい。

 

 

f:id:design_your_life:20180128075209p:plain

「戦術核を使用する!パーティのはじまりだっ」

「イエッサー」 

 

 

f:id:design_your_life:20180128075229p:plain

「俺が人間であり続けるのは、君がいるからだ!」

 

 

f:id:design_your_life:20180127145032p:plain

悪魔狩りで人間によって殺された美樹たち。まさに人間が悪魔だ。

 

 

f:id:design_your_life:20180127144417j:plain

湯浅政明監督だってー?これなんか、松本大洋原作『鉄コン筋クリート』のシロとクロそのものだな。

 

f:id:design_your_life:20180127144223j:plain

烈しい性欲に身悶えるシレーヌ

 

 

devilman-crybaby.com