『伯爵夫人(蓮實重彦)』
15上の先輩から、ある日、社内便で新潮 四月号が回ってきた。
巻頭の小説にふせんがしてあり、面白いから読めという。
読むとぶったまげた。間違いなく、今年一番、面白くインパクトがあった。
後日、新聞でこれが三島賞エントリーしたと聞く。
受賞は間違いないだろーなーと思った。
受賞後の会見が「不機嫌会見」と称されニュースになった。また、フランス文学者であり東大総長も務めたこの80歳の御大がそもそも受賞対象たる”新人作家”なのか?、というのは物議を醸したのは記憶に新しい。
記者会見に臨む記者たちが、作品を読んできていないのは明らかだった(あるいは読んだけど、中身について突っ込めなかったと見る方が情けなくてツラい)。読売新聞の名物文芸記者・鵜飼氏までが一蹴されていたのは痛快だった。まだ俺が行ってた方が話聞き出せたような(*○^)
僕はすっごくハスミンの気持ちがわかる。
会見場に集まった奴(もちろん新聞者の文芸記者ばかり)、なんだかみんな素っ頓狂で無知っていうか、馬鹿な質問が多かったように思う。
飛んでくるのは、ただ、定型のベタ記事を埋めたいがための定型文質問。
せいぜい最後に、「執筆のきっかけはという質問に、小説が向こうからやってきた」、そんな一部が挿入されるだけ。そんなの書面の往来でいいんじゃないかな。
世の中の常識的悪弊とか、思考停止の状況に、つゆも臆さず突っ込むこの老人の痛快さがぼくはけっこー好きなのだ。
で、小説の話。
ばふりばふりと回っている重そうな回転扉
二郎さまの尊いもの
無鉄砲な大胆さをモダンな女性にふさわしいことと信じていた。
二流の年増芸者が得意とする卑猥な座敷芸
いくら戸締まりをしてもどこかから砂粒がまぎれこんでくる薄ぐらい納戸に二人して身を隠し、一回こっきりのことよと瞳を閉じた蓬子が、さわやかに毛の生えそろった精妙な肉の仕組みをじっくりと観察させてくれたのは、国境紛争が厄介な展開を見せ始め、父がかつてなく深刻そうに顔をしかめていたころのことだ
まだ使いものになるめえやたら青くせえ魔羅をおっ立てて、ひとり悦に入ってる始末。これは一体なんてざまなんざんすか。
ましてや、あたいの熟れたまんこに滑りこませようとする気概もみなぎらせぬまんま、魔羅のさきからどばどばと精を洩してしまうとは、お前さん、いったいぜんたい、どんな了簡しとるんでがすか??
姐さん、面目ねえ
田舎の母がおめこと呼んでいたものが受け止める衝撃は、、、、
高等娼婦の冒険譚
その穢らわしい猿股のまま
金玉潰しのお龍という名の諜報機関の一員が
聖林の撮影現場でさえ、ときに甘く唇をよせる男優が他愛もなく勃起してしまうのを相手女優がからだで感じることさえよくあるのだと、兄貴が定期購読している亜米利加の雑誌で読んだ記憶がある。
たまたま睾丸を痛めただけで、濱尾夫人をはじめ、まわりの女たちがいつもとはまるで違う親密さでおれに接してくれるのはなぜだろう。二郎は、いささか複雑な思いにとらわれる。
これで体力も回復するでしょうから、二郎兄さまも召し上がれとスプーンを口もとに寄せる。いや、汁が垂れたり種がほっぺたにこびりついたりして面倒だというと、じゃあ綺麗な一切れを口移しにしてさしあげますわというなり、残っていた種をとりのぞいた大きなかたまりを口に含みすっと顔を近づける。自分でも不思議なほど素直に唇を開くとそこに冷たくて柔らかな果肉が滑り落ち、それを味わおうとするこちらの唇のはしを脅え気味の幼い下の先がちろちろと舐めるので、思わずそれに応えて下を動かしてみる。しばらくそれに応じていた従姉妹はいきなりさっと身を離し、火照った頬に手を当てしばらく無言でいたかと思うと、いまのは接吻ではありません、看護です。あくまで献身的な看護というものですと言うなりうつむいてしまう。
英語でいうなら、さしずめこれはおれにとってのpillow talk ということになろうが、それにしては何とも散文的な展開になっちまったものだと嘆息しながら、いや、きみみたいに色気のない小娘に握られたってこれといった変化をみせたりはしないから、安心して握っているがよかろうといっておく。ではこうして手を添えていても二郎兄さまの尊いものは勃起しないのですがと横たわったまま首をかしげる。「勃起」といった漢語もまた、結婚前の乙女が口にすべき語彙ではない。せめて「昂る」ぐらいの和語がふさわしかろうというと、
あいつめ、またまた身勝手なことをいいおると忌々しく思いはしたが、あの貧相なからだが首尾よく男を迎え入れたことにはなぜか深く心動かされた。
さっそく返事をしたため、まずはご貫通とのご報告、心からめでたいことだと受け止めた。
脳髄を無理に働かせていると、
いや、枕元のシャンパンを口に含んでぱっと顔にふきかけてやると、よもぎのやつははっと目をさまして、またおもむろに腰を使い始めやがる。そんな次第で〜
面目ねえ、どうか堪忍してやって下せえ
その金玉を首尾よく潰すことが出来るだろうか
追記:
☆ 齋藤美奈子氏の評(7月24日 朝日新聞)
表層を覆う官能小説風の装いは手の込んだ擬態。既成のポルノグラフィーが、中心に向かって突き進み、発砲によって相手を征服したと錯覚し、しかる後に萎えて「無条件降伏」状態に陥る物語に過ぎないことを伯爵夫人はせせら笑う。
<わたくしども女にとって、殿方のあれが所詮は「あんなもの」でしかないことぐらい、女をご存じない二郎さんにもそろそろご理解いただけてもいいと本気で思っております>
いや、ほんとこの人(齋藤美奈子)も大したもんだ。