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ここがパンチライン!(本とか映画、そんでときどき新聞の)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

「欲しい ほしい ホシイ── ヒトの本能から広告を読み解くと(小霜和也)」

マーケティング・エッセンス  創作のヒント 

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小霜さんの著作。「欲しい」という感情を、マーケティングの領域から脳科学的見地でもひもといていこうというお話。

 

渡り鳥がなぜ性格に目的地にたどり着けるかについては、星を見ながら位置を測っているのだ、など諸説ありますが、確信を持って飛んでいるのは先頭の1羽だけで、残りの鳥たちはただついていってるだけらしいです。

 

 

理性という、人間の心の半分しかスポットライトを当てていないから です。

インパクトはあれど購買には至らない、どころか正しく記憶すらされない、力のない広告表現の山が築かれている大きな理由がここにあると僕は確信しています。

理性だけを見る表現は,極端に言えば「ああすればこうしてくれるだろう」といった、粗雑な期待の上で企画されています。

 

 

人間が、情報を個別でなく他のものと組み合わせながら、その意味を解釈するのです。

 

 

認知心理学苫米地英人博士は、携帯電話の着信音に赤ちゃんの鳴き声をこっそり仕込むことで、女性のバストを大きくすることに成功した、と述べています。”

 

 

広告の多くで、商品名や商品情報そのものが「選択的無視」されている

*あれ何のCMだったっけ?

*人は自分に関わりのあるものに注意を向けます。

*コピーは商品を押し上げるものなのであって、商品を差し置いてスタンドプレーをしてしまうと「選択的無視」が起きてしまう

 

ある音楽プロデューサーは昔、なんというか、ヘコヘコ犬も真っ青のヤリ手だったのですが、彼の手口は、女性を口説く時に階段から飛び降りるとかとんでもない行動に出るというものらしいんです。

 

DVの男から別れられない女性の心理も「こんなに暴力を受けてもいっしょにいるということは愛しているに違いない」と、脳が短絡的に行動と感情を一致させている結果ではないかと僕は想像します。

 =イコール

ビキニのキャンペーンガールが生ビールのジョッキ片手に海辺であぐらかいたりしてるあれ。あれを見る男は、「なんか気持ち盛り上がってきた〜!オイオイ〜、もしかして、このビールが俺の気持ちを盛り上げてんの?」と短絡的につじつまを合わせてしまうわけですね。

 

重要な要素は右下にレイアウトされているものがほとんどです。

これは、ヒトの言語中枢が左脳になるので、言葉は右の視界にあるほうが認識しやすいからです。

 

 

どこかに少しだけ違和感を残す

全てがすんなり整った表現というのは、認知するためのフックがない場合が多いんです。

 

 

キャンディーズはどうしてもピンクレディーの図抜けたポジションにはいま一歩及ばない印象がありました。その理由がわかったんです。

ピンクレディーの歌は、たとえば「私はいちころでダウンよ あなたにおぼれる」、キャンディーズの歌は、たとえば「あいつはあいつはかわいい年下の男の子」。

ピンクレディーの場合、視聴者は恋愛の当事者として彼女たちから怨歌を投げつけられているのですが、キャンディーズ彼女たちが誰かと恋愛しているのを第三者として眺めているしかない。つまり、「自分事」と「他人事」の差だったんですね。広告もこれと同じです。

 

 

 

広告表現はなんらかの「感情」を伴わなければならない

デズモンド・モリスは「幸福は人生が突然好転した時に我々が体験する『感情』のことである」と定義しています。「幸福感」とはその一瞬の「点」であり、持続せずにすぐ冷めてしまうもの、ということです。

 

 

「笑い」とは、意外なものに遭遇し、それが安全だとわかった時、安全だと言うことを他者へ伝えるために涌き上がる、警報解除メッセージ

赤ちゃんは最初は泣いてばかりいますが、母親が危害を与えないことが認識できる頃から笑い始めます。

 

 

「人間は無駄なお金を使おうとしないもの」、という前提は間違いです。

ショッピングチャンネルを一日中見ている主婦は少なくないようですが、彼女たちは(僕の妻も)とにかく何かを買いたいんですよ。

それが快楽物質を与えてくれることを知っているからです。

 

ドーパミンという快楽物質。お金の出し入れは気持ちいい行為なんですね。 

 

 

 

ダイレクトレスポンス広告に味も素っ気もないものが多いのは事実。

広告は生活環境であると言いましたが、そういう「売らんかな」的なものばかりが目立つのは生活者の暮らし全般にとっていいこととは僕は思えません。

 

 

デパートは音楽が非常に大事で、「雨が降ってきた」「タイムセール開始」「今日の販売目標達成」、いろんなことを館内の音楽で伝えます。

(バーゲンのときの音楽のアップテンポとか! ) 

 

 

 

生理学者 ベンジャミン・リベット

脳は行動「前」でなく0・3秒「後」に活動していることがわかった。

「やろう」と意思決定してから身体が動いている、というのが、誰しもの自然な感覚なわけですが、じつはそれは逆だという結論。

 

人間は自分自身の意思決定についての理由を、ほんとうはわかっていない。あなたがこのページをめくる、そのことも、じつはあなたの無意識が先に決めていて、あなたの意識が命じているのではないんです。 

 〜 中 略 〜

つまり、最初に無意識による情動で「買いたい」と思い、その次に意識が修正をかけて購買行動に至る(人は感覚で買い、理屈で納得する)

(→だから無意識のレベルで生活者を買う気にさせる、そのような広告...)

 

 

(ビールのCMなんかだと)

最後に「くはー、うまい!」という顔をする、この表情のよしあしがじっさいに売りに影響します。

その表情がほんとうに気持ち良さそうだと視聴者に感情が伝染し、自分も飲みたくなってくるわけです。

つまり、CM中では使用者の表情がとても大事

 

 

ヒトは自分の意思で全ての表情を作ることはできません。

心から笑っている時、ヒトは不随意筋を使います。

これは習熟した役者じゃないと動かせない筋肉です。

 

自分から積極的に関与する回数が多いと好感度が上がる

 

*調査によれば、毎日決まったスケジュールで行動している人の方が心身共に健康なのだそうです。

*ヒトは、自分が手間をかけたもにに愛着や執着を持ちます。

 だから言葉も、「多少の手間」をかけて理解してもらうのがいいのです。

 

 

僕は広告代理店やプロダクションで打ち合わせをしている時、「エアコン入れてくれ」という言い方はあまりしません。

「なんか、暑くない?」と、他の人たちに聞くように言います。

「俺だけのことじゃないんだ、みんなを気にして言ってるんだ!」というアピールですね。

 

 

ターゲットインサイトは動き回る

 

 

自殺問題もいじめ問題も、理性の観点からだけでは解決できません。

「人間なんて、そんなものさ」というわかったような言い方はやめて、再度、ヒトとしての本当の姿を確認した上で、どうするか考えていく。

 

 

 

大切なのは「ウレル」と「ウケル」のバランスです。 

 

 

 広告クリエイティブの価値は「なぜ」「なぜ」と、ヒトの本質をどこまで深く掘り下げていけるかに尽きると思うから。

 

 

 

広告に携わる全ての人間に、勇気と自負(自信ではない)を与えてくれる本でした。

もっと、がんばろっ。