ここがパンチライン!(本とか映画、時々 新聞)

いま、物語で大事なのはあらすじではない。そこで語られている言葉とリアリティだっ!!ということで、卑怯で弱い人間を愛したい。人間の野蛮さ、愚劣さから目を背けたりしたくない。おのれ自身の端緒(根っこ)が絶えず更新されてゆくそんな経験をする、そのための記録。大江健三郎と吉田修一と。三島と太宰と。村上春樹と中村文則、小島信夫と舞城王太郎。カズオイシグロにミシェル・ウェルベック。カーヴァーとチャンドラー、ブコウスキーにキューブリック。コッポラにデビット・フィンチャー。ウディ・アレンもケヴィンスペイシーも。談志だって

『蹴飛ばせ、幕引きパターン(朝日新聞編集委員 高橋純子)』

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毎回楽しみにしている、朝日新聞 高橋純子さんの政治断簡。


切り口、切れ味、横道と脇道、嫌悪と皮肉がないまぜになって政権を批判する。

権力や権威に対する批評性と、その志と高い見識からくる教養を感じる。

朝日新聞にはこういう人がいるから(記事がある)、嫌いになれない。

 

 

「いつまでやってんだ音頭」や「再発防止節」、はたまた新曲「国民栄誉賞だヨおっ母さん」が大音量でかけられ、正当な批判はかき消される。

 

 

空想してみる。国会の議論がもし、手話で行われたら。「私や妻が関係していたら」はどう表されるか。「贈収賄」は「文脈」から読み取れるか。副総理はちゃんと「ごめんなさい」が言えるか。官僚はそれでも上手にウソをつくのだろうか。

 

 

 

この「言葉」が壊れた貧しい世界を、どうすれば蹴飛ばすことができるだろう。